文化ジャーナル(平成15年5月号)

2003年5月1日

文化ジャーナル5月号

創世ホール通信百号達成
記念メッセージ特集(1)

1995年2月1日に創刊した「創世ホール通信」は本号(2003年5月号)で通算百号を迎えました。ゆかりのある方々に記念メッセージをお寄せいただいたので、2号連続でご紹介します。文章は、殆ど全て原文のまま、到着順に掲載しました。【編集部】

灼熱の火球を放つサブカル伝道師◎「創世ホール通信」を受け取って感じるのは火の玉のような熱い気である。灼熱のエネルギーの塊をガーンとくらったような感触がある。自治体発行の案内紙でそれほどの熱気をはらんだものは他にはあるまい。時折「伊福部昭」といった個人的に最重要な人名も現れ、抜き差しならぬ心境に追い込まれる。人にはそれぞれ固有の役割があり、それを見付けだせた人は幸福である。小西さんはサブカルチャーの伝道師という役割を見つけた、と私には見える。田辺 力(徳島県立博物館学芸員)

メッセージ◎「創世ホール通信」百号おめでとうございます。毎号楽しみにしています。ただ、札幌はとっても遠いから、創世ホールの催しに、ちっとも参加できない。それが残念です。ところで、小西さんって不思議な人。きっと、みんなもそう思っているだろうけど。アイルランド音楽会出演のため、創世ホールに行き、初めて小西さんに会ったとき、ただ者ではないオーラを感じました。それ以来送っていただいている「創世ホール通信」、小西さんのこだわりが詰まってる。それが人を惹き付ける。こだわりのある人、大好きです。ますます不思議な魅力で、僕達を惹き付けてください。いつかまたお会いして、お酒を酌み交わしたいです。それでは、お元気で。小松崎 健(ハード・トゥ・ファインド)

百号記念メッセージ◎小西さん、通信百号おめでとうございます。創世ホールで、北島トラディショナル・ナイトの第1回目、2回目に出演させていただきありがとうございました。こちら関西でも無名の私たちなのに、97年第1回目のライブ当日は、ホール満員のお客さんが来られていて大変驚きました。まだ世間にあまり知られていなかった、アイルランド音楽の催しを何としても成功させようと孤軍奮闘されている小西さんの情熱がこちらにも伝わってきて、私たち〈シ・フォーク〉にとっても節目になるようなコンサートを行なうことができたと思っています。7回目になる今年まで、ずっとこのシリーズを続けてくださっていることにも、愛好者としても頭が下がります。あれ以来、陰ながらずっと応援しております。また何かお役に立てる機会があれば嬉しく思います。吉田文夫(ボタン・アコーディオン奏者)

メッセージ◎小西昌幸氏とは僕が徳島大学歯学部の学生だった時からの付き合いであり、学生時に〈ハルメンズ〉というバンドでビクターからデビューすることで始まった自分のロック活動についての深い深い理解者である。彼は昔からロック・ファンには珍しい、学術的にアプローチしようとする姿勢を貫いており、その博覧強記な人柄に、各界からの人望が厚い。日本は戦後、メディアの隆盛に伴い文化の質を大きく変化させているが、その変化があまりにも急激であるために、その客観的な紹介機関が少ない。例えば大学の機能ではそれに対応しきれないのである。創世ホールの驚くべきところは、現代文化各界の要人や作品をリアルタイムに、子細に紹介していく、そのエネルギーである。大変に貴重なこの場所がますます発展していくことは、現代文化に対しての理解が足りない中央機関を背面から驚かせ、日本文化に対する大きな寄与になることは間違いない。 サエキけんぞう(ミュージシャン、作詞家、プロデューサー)

百号記念メッセージ◎「創世ホール」通算百号おめでとうございます。/地方における文化活動の困難さは、千葉県の僻地に住む私には切実な問題であり、そういう意味でも小西さんが創世ホールを拠点に展開している様々な活動は、地方における文化活動の鑑です。/私が小西さんのお名前をはじめて知ったのは、『ハードスタッフ』というミニコミの主宰者としてでした。もう二十年以上も前のことになります。そして昨年、インターネットを通じての交流が始まり、今年3月には北島町にてご本人と初対面しました。/若々しく柔軟な発想と、パンク・スピリットを体現した反骨精神、そして繊細で行き届いた周囲への気配り。それらすべてが実り多い活動への原動力になっているのだと実感した次第です。/これからのさらなるご活躍に期待します。身体だけには気をつけてくださいね。ホント。八本正幸(小説家、怪獣映画研究家、映像作家、『新青年』研究会会員)

百号記念メッセージ◎地方の古書店まわりをしていても、編集仲間と呑んでいても、いつの間にか小西さんの話になって「なあんだ、あなたもお知り合い?」ということになる。20年以上に及ぶ地道で誠実な努力で培われた人々の輪が、いろいろな企画を生み、支えているのでしょう。百号、おめでとうございます。末永昭二(大衆文学研究家、『新青年』研究会)

ご苦労さん「百号」◎エッ、もう百号にもなったんですか。十年はかかったはずですね。読み親しむことが通常になると気付かない。それだけ定着したのですよ。大変なことだと改めて思います。/「文化ジャーナル」面の質の高さは、既に定評がありますが、座談会や解説、「小西エッセイ」は、私にとって刺激的であるばかりか今や、貴重な保存資料にもなっています。/「何にでも面白がる」精神が稀薄になりつつある今日、ホールのスタッフが面白いものを捜し出そうとする努力に感心します。しかし、それを見つけ出すには絶えざる学習が必要でしょうね。少ない予算で著名な講師や演奏家をホールにきてもらうには、熱意や誠意にあふれた説得だけでなく、小西さんたちが相手のことをよく研究し、理解しているからこそ心を動かせるのでしょう。それだけ勉強しているんだなあ、といつも思います。/業者に頼らぬ自主企画をホールが続けてこられた背景には、町側の文化に対する高い意識と理解がありますね。ほかの自治体などは文化施設などの担当職員を短期間 で異動します。あれでは腰掛け仕事になってしまいます。/いずれにせよ 「創世ホール」は「貸座敷」業化する徳島の自治体ホールにも強烈な刺激と勇気を与え続けることでしょう。/ただ一つ欲を申せば、上映会の映画を深く知ってもらうための企画ができないものか。惜しいなあと、いつも思っています。/次の百号に期待して! 岸 積(ジャーナルユニオン代表)

創世ホール通信百号へのメッセージ◎小西さんとはここ数年のおつき合いですが、そのお名前を脳髄にインプットしたのは随分と前のことでして、限り無く完全に近い自主制作レコードのリストというのをその頃小西さんは制作なされたわけで、自分はまだクソガキだったのでその重要性にも気付いていなかったのですが、この年になってそういった偉業をなし遂げた方とこうしていろいろおつき合いさせていただけるのは本当にありがたいことです。小西さんに教わったことは、地方に住んでいても自分がしたいことは何でもやれるんだということです。東京が何ぼのもんじゃいということです。地方発信のメディアの「創世ホール通信」を読んでいるといつも勇気づけられます。自分も東京から少し離れた所で頑張るぞ! と思ったりするのです。このたびは本当におめでとうございます。今後も楽しみにしております。牛戸圭一(自主レコードいぬん堂)

創世ホールの思い出◎かれこれ十年程前のことになるでしょうか。澁澤龍彦と土方巽の話をせよというので北島町の創世ホールに呼ばれたことがありました。そのときの世話人が小西昌幸さん。東京の某画廊でお会いしたことのある旧知の青年でした。/講演会当日は午前中徳島県立近代美術館の菊畑茂久馬展をみて、菊畑さんご本人にお会いできたのが望外の幸運でしたが、それよりも徳島市の小さな隣町の北島町に戻って創世ホールに顔を出すと、広い会場がほぼ満席という盛況にびっくりしました。おそらく「澁澤龍彦と土方巽」という六〇年代のビッグ・ネームのしからしめるところで、わたしなどのいたらぬ話のせいではありません。それは重々分かっていましたが、一時間ほどの話をこちらも楽しい思いでさせてもらいました。/翌日は朝早くから鳴門のドイツ人捕虜収容所後の記念館に案内していただき、一九一〇年代のモダンなドイツ文化の遺構にふれて楽しい思いをしました。帰り際にタクシーの車窓からチラと見たお札所一番のお寺。ぜひ降りて参拝したかったのにもう時間がありませんでした。/帰宅後しばらく経って、収容所ドイツ人たちが出していた雑誌「バラッケ」の復刻版が送られてきました。読みでのある復刻版で今でもときどき読み返しています。一〇年代モダニズムの「バラッケ」の町、小さな町のわりに海野十三や香山滋の全国水準的な研究家のいる町、その成果を毎月発表している「創世ホール通信」の町、行きそびれた札所のお寺をみるためにもう一度訪れてみたい町。神奈川県の片隅の町に住みながら、遠い北島町の思い出と現況にこれほど身近に接しているのが我ながらふしぎです。小西さん、今後ともユニークな活動を続けてください。期待しています。種村季弘(ドイツ文学者)

この興奮、次号に続く!

次号掲載→遠藤ミチロウ、旭堂南湖、平井玄、小宮山博史他の超豪華メンバー!

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