文化ジャーナル(平成16年2月号)

2004年2月1日

文化ジャーナル2月号

卒寿記念祭(北島町)で演奏される
伊福部昭先生の作品について
木部与巴仁(きべ・よはに)氏に聞く(2)

木部与巴仁◆作家。東京在住。近刊に『伊福部昭・時代を超えた音楽』
小西昌幸●北島町立図書館・創世ホール企画広報担当

小西●「創世ホール通信」2004年1月号の「文化ジャーナル」で、木部さんへの電子メール・インタビューを掲載しましたら好評をいただきました。今号では、2月28日と29日の両日に北島町創世 ホールで演奏される伊福部昭先生の作品・全7曲について、お教えいただこうと思います。よろしくお願いいたします。

28日開催の木部さんの講演会「伊福部昭・時代を超えた音楽」では2曲が演奏されます。まず『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』について。

木部◆私が伊福部氏のお話をうかがうようになった1980年代半ば。そのころに取りかかっておられたのが、この『ヴァイオリン・ソナタ』だったのです。ソナタというのは、ドイツ・オーストリアで完成された音楽の形式ですが、伊福部氏は日本人、東洋人の美観にもとづいて作曲をしている。それでも一生に一度はソナタというものを書いてみたいとおっしゃっていました。音楽家の意識の一端を見た思いで印象に残っています。

小西●もう1曲、『日本組曲』から「盆踊」について。

木部◆これはチェレプニン賞を受けた『日本狂詩曲』とは別の意味で伊福部氏の名を世に知らしめた作品です。伊福部氏の師である チェレプニンは、『日本組曲』の楽譜を見たとき、特に「盆踊」は、やがて世界中のピアニストが弾くようになるだろうとまで断言したのです。伊福部氏は『日本組曲』の世界に愛着をもっておられます。管弦楽曲、二面の二十五絃箏曲、弦楽合奏曲と、様々な編作を試みておられますから。

小西●続いて2日目の野坂惠子さんの演奏会「伊福部昭の箏曲宇宙」に移ります。この日は5曲演奏されます。この5曲は当方から野 坂先生に演奏会について打診したときに、野坂先生がじきじきに伊福部先生のお家に出向いてくださり、創世ホール演奏会のために選曲・構成していただいた由緒あるものです。1曲目が『胡哦 (こが)』です。

木部◆『胡哦』とは、中国の人がいう胡、すなわち西方の異域であり、哦は歌。西方の人々の歌という意味の曲名です。野坂さんが生み出した二十五絃箏ですが、二十五絃の楽器は中国の文献にその名をとどめるだけでなく、かの地の墳墓から、実際の発掘例があるそうです。箏というのは、お座敷で、日本情緒を味わうためのものだという先入観を、日本人自身が持っている。しかし、西方アジアを意識した『胡哦』のような音楽世界を表わせるのですから、非常にスケールの大きな楽器なのだと思います。

小西●2曲目の『蹈歌(とうか)』について。

木部◆もともとはギター曲です。『蹈歌』とは読んで字のごとし、足踏みをしながら歌い踊る芸能です。では『蹈歌』も騒々しい曲かというと、全く違って、非常に哀愁を帯びた印象を受けます。“古代日本旋法に依る"と楽譜に書かれた、伊福部氏が考える

『蹈歌』がどのようなものか、音楽を通して考えてみるのもいいでしょう。

小西●3曲目が『二十五絃箏甲乙(カンオツ)奏合交響譚詩』です。これは、野坂さんとお嬢さんの小宮瑞代さんとの合奏です。

木部◆管弦楽曲『交響譚詩』は、亡くなられたお兄様の勲さんを伊福部氏が偲んで書かれた大切な作品です。それを野坂さんのため、箏曲に編作された。単純に箏でも演奏できるということでなく、箏曲になりうる、音楽としての本質を、『交響譚詩』は持っているのでしょう。管弦楽曲と箏曲を聴き比べると、思わぬ発見をすると思います。

小西●会場ロビーでは音楽資料の展示販売ということで多くの種類のCDも並べる予定ですから、ぜひご探求いただきたいですね。本当に奥深くてエネルギッシュな躍動感溢れる音楽ですから。4曲目も合奏曲です。『二十五絃箏甲乙奏合七ツのヴェールの踊り』。

木部◆もともとはオーケストラで演奏されたバレエ曲です。その華やかな一場面が箏曲になりました。『交響譚詩』と同じく、高低二面の、しかも二十五絃箏に依る曲ですから、音域も広いし音の 組み合わされ方も複雑だしで、たいへんな難曲です。伊福部氏の 座右の銘に「大楽必易(タイガクヒツイ)」があります。優れた音楽 は分かり易いものであるという意味です。確かにそうですが、それは聴く側にとってであって、演奏するとなると、それはもう、一つ音を出すのだってたいへんです。

小西●5曲目が『琵琶行(びわこう)』です。

木部◆白居易の、同名の詩を背景に創られた作品です。白居易が詩に表わした、女性が湖上で弾ずる琵琶の音。それはかつて国際都市・長安で琵琶の名手とうたわれた人のものだけあって、絹の道のはるか彼方を想わせる音楽だったのではないか。伊福部氏はそのように解釈しています。『琵琶行』も『胡哦(こが)』同様、伊福部氏の、西方への憧れが音楽になっているようです。伊福部氏と 野坂さんのおつき合いももとをたどれば邦楽合奏のための『郢曲鬢多々良(えいきょく・びんたたら)』に始まり、約30年に及んでいます。野坂さんがいてよかった、伊福部氏の音楽世界の多様さを野坂さんを通じて堪能できる。心からそう思います。

小西●野坂惠子さんは大変ご多忙なんですが、徳島で2泊されて、

28日の木部さんの講演会もお聞き下さるようですよ。また、29日の野坂さんの演奏会には伊福部先生の長女である伊福部玲さんが、はるばる神奈川県厚木市からきてくださいます。先日役場宛てに 電子書簡をいただいてびっくりしました。企画者として身が引き締まる思いです。

木部◆責任の重さを感じますね。何をするにも力が入りがちな私ですから、リラックスしてのぞむつもりです。しかし、難しいことに対しては、やはり相応の覚悟が必要でしょう。新たに本も作ることですし、私も心身を引き締めてかかります。

小西●私も、体調を整えてこの大イベントに取り組みます。どうもありがとうございました。

(2004・1・28/電子メールで取材/質問・文責=創世ホール・小西昌幸)

下図版は木部氏の近刊『伊福部昭・時代を超えた音楽』の書影。発売開始は04年2月28日、創世ホールか

『伊福部昭・時代を超えた音楽』の表紙

このページの
先頭へ