文化ジャーナル(平成16年4月号)

2004年4月1日

文化ジャーナル4月号

伊福部先生卒寿記念祭企画担当者日録(下)

2004年2月28日(土)

◎13時15分、受付係配置。13時25分、駐車場係配置。

◎13時半、3階多目的ホール開場・客入れ開始。ロビーのCD・書籍販売コーナーで戸塚ふみ代さんがヴァイオリンを演奏。伊福部先生の「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲」のパートを繰り返し奏でる。「少しでも木部さんの本が売れて欲しいので、開演前と催し終了後にロビーで客寄せのために演奏させて欲しいのですが」という涙が出るようなお申し出をいただいていたのだ。このイベントの観客は本当に幸運といわねばならない。会場内に「伊福部昭ギター・リュート作品集」のCDを静かに響かせる。

◎13時半、真島教育長来館。教育長には「主催者あいさつ」をしていただくことになっている。「北海道からきた2人の方(札幌の勇崎哲史氏と早来町の山田雄司氏)に駐車場係をしていただいている」と伝える。それを聞くと教育長はすたすたと外へ。5分後、戻ってくると「小西館長、おふたりにあいさつしてきました。『小西館長の命令なら何でもします』とおっしゃっていましたヨ」、小西「エー、いやー、まあ、そのー、何とも、恐縮です」。

◎14時、木部与巴仁講演会「伊福部昭・時代を超えた音楽」開演。 聴衆は約百人。客席には野坂・小宮両先生も。講演の中に2曲の生演奏が入る全2時間の物凄くぜいたくな趣向だ。初めは木須康一氏のピアノで「盆踊」。終盤に戸塚・木須両氏で「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」。木部氏は譜面台に部厚いテキストを配置し、右手にマイクを持ち伊福部音楽の魅力と伊福部先生の半生について語り続ける。実に高密度な内容で身震いする程。

◎生で聞くピアノ・ソロの「盆踊」は大迫力だ。メリハリがきいて力強い。

◎「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」は何と凶暴な音楽なのだろうか。ヴァイオリンの静かな演奏部分にも台風の目の中にいるような不気味な胸騒ぎを覚えて仕方がない。この生々しさは何だろうか。クライマックス部分に至り「荒ぶる魂」「激情」「騒乱の予感」などという言葉がしきりに心をよぎる。ヴァイオリンがいかに暴力的な音を出す楽器装置であるか痛感。

◎講演終了後、私が舞台にあがり「木部氏に拍手を」と述べ、戸塚さんと木須氏も呼び出す。2人が「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」のクライマックス部分(約2分)を力強く演奏し全て終了。続いてロビーでのサイン会に移行。野坂先生も木部さんの本を買ってサインを求めておられた。

◎川竹・勇崎両氏と今夜の日程を大急ぎで協議。20時からの《野坂・小宮両先生を囲む会》には、小西が山田・八尋両氏を、川竹氏が勇崎氏と伊福部達ご夫妻をそれぞれ車にお乗せして会場に直行することになった。

◎17時過ぎ、木部氏一行、創世ホールを撤収。飛行機は19時過ぎに徳島空港出発なので、まだ少し余裕があるから、松茂町のひろっちゃんという中華そば店で徳島ラーメンを食べていただくことにする。昨年の竹内博氏講演会のときも空港に向かう途中ここで食べたのだ。これから車でお帰りになる人たちにも声をかけたので、4台の車がゾロゾロとひろっちゃんに向かう。徳島ラーメンを食べながら今日の催しの充実を皆で喜びあった。木部・戸塚・木須・小西以外の顔ぶれは次のとおり。四国ゴジラ組合の森上組合長(香川県三木町)、長尾導憲氏ご一家3人(高松市)、田村元氏 (高松市)、鎗本和弘氏(神戸市)、八尋健生氏(千葉県船橋市)、山田雄司氏 (北海道早来町)。その後、空港に全員そのまま移動して、木部さんたちをロビーで激励して見送った。私は車に八尋氏と山田氏を乗せて、徳島市内へ移動。少し時間があるので徳島古本流通センターに立ち寄る。

◎20時、徳島市八万町大坪のレストラン「シェ・熊谷」。ここで《野坂・小宮両先生を囲む会》を開催。熱烈な伊福部ファンである徳島県立博物館学芸員・田辺力氏(たなべ・つとむ 無脊椎動物担当、専門はヤスデ研究)も姿を見せる。各自1分前後で自己紹介をしましょうということになり、まず徳島の藤本玲さんの仲間の方々から順に語りはじめる。中には、身近で野坂先生に接することに感激・昂揚し、あいさつしながら思わず涙を流してしまう人もいた。野坂さんは、溢れる気品とともに強いオーラを放っておられる人なので、そばにいるだけで幸福を感じたり、清冽な気持ちになるのだと思う。

◎野坂さんは「伊福部先生の奥様のことをお話したいと思います」とおっしゃって、先生の御召し物は全て奥様がお作りになったのですと、伊福部アイさん(故人)の思い出と絡めて、伊福部先生のことを尊敬を込めて語った。

◎達氏は伊福部家の系図について紹介された。私(小西)は藤本さんや岡田寛斎さんがいなければ明日の創世ホールでの舞台はできないこと、その他多くの人たちの支援でこの催しが実現することを述べて、足をむけて眠れない人が全方角にいるので、立って眠らないといけないと話した。また、創世ホールは年1回「北島クラシカル・エレガンス」という音楽の自主事業シリーズをしてきたが、来年度はその事業予算がついていないこと、従って野坂先生の演奏会が当面最後の催しであること、だからそのことを噛みしめつつ演奏会をご堪能いただきたいと、企画者としての思い入れを話して結んだ。

◎山田氏はアイヌの歌を歌い、不気味社の八尋氏の番になったとき「何か歌ってくださいよ」と野坂さんがおっしゃった。八尋氏は「モスラ対ゴジラ」の「聖なる泉」を独唱。明日演奏される「胡哦(こが)」の主要部分に同曲の旋律が登場するのである。八尋氏の歌は全員に大受けで、野坂さんも大喜びされていた。川竹氏は得意の割りばしマジックを披露してこれもバカ受けした。最後に記念撮影をして解散。本当に楽しい濃密なひとときだった。

2月29日(日)

◎9時半。山田氏を乗せて創世ホールへ。ミーティング後、今日の演奏会用に作り直した立看板を外に配置。

◎演奏会プログラムにアンケートやチラシ類をはさまなければならないので、山田氏と図書館のアルバイトさんにお願いする。この作業は軽く1時間程度かかるなかなかの重労働だ。アルバイトのTさんが、山田氏に「冬の間、雪国の人は食料を買い込んで冬ごもりをしているのですか」と、あんまりな質問。山田氏から「あのなあ」とイエロー・カードを出されていた。

◎藤本玲さんから電話。野坂先生会場入りは13時で以後集中してリハーサルに専念する、従って面会・取材等は終演迄完全シャットアウトして欲しい由。最優先事項として約束。野坂先生の意気込みと熱意がヒシヒシ伝わる。

◎11時20分、徳島空港へ。11時45分着の飛行機で徳島入りされる伊福部玲さん(伊福部昭先生ご長女、陶芸家、神奈川県厚木市)を山田氏と共に出迎え。一昨日木部さんたちをお連れしたうどん店へ向かった。食事をしながら、お父さんのことを色々聞かせていただいた。小西が送った手紙は先生ご自身が開封し目を通してくださったとのことだった。伊福部先生は私の手紙を見て「この人はなかなかユーモアのある人のようだ」とおっしゃたらしい。

◎13時、北島町立図書館・創世ホールへ。玲さんから「父から皆さんにことづかってきました」と虎屋の羊羹のお土産を渡される。

◎14時からビデオ上映会「北の交響曲」。ギャラリー・のきはの佐藤さんや、民族音楽愛好家の遠藤さんなどが来場。玲さんも見て下さる。

◎上映会終了後、玲さんが携帯電話を取り出して「今から父に電話をかけますから、小西さんお話になって下さい」。「え、今ですか」私は胸の高鳴りを覚えた。電話の向こうの伊福部先生は「このたびは私のために色々良くしていただきまして、本当にありがとうございます」とお話になった。私は「頑張って良い催しにいたします。先生どうかいつまでも長生きして下さい」。

◎ 18時半、野坂惠子演奏会「伊福部昭の箏曲宇宙」開演。聴衆は約210名。1曲目「胡哦」。今日演奏されるのは全部で5曲である。どれも超絶的技巧を伴う難曲ばかりだ。男性客で、終始うつむき、手で顔を覆い聞き入っている人がいた。彼は泣いていたのではないか。2曲目「蹈歌(とうか)」。私は、サイン用の油性ペンのことが気にかかり事務室へ。近所のコンビニエンス・ストアに走り、油性マジックを1本購入して会場へ。3曲目「交響譚詩」。この曲と次の曲でお嬢さんの小宮さんが低音二十五絃箏で共演。冒頭部分から、壮絶な曲展開が繰り広げられ、音楽との格闘という言葉が浮かぶ。企画してよかったとしみじみ思う。第1部終了し、15分間の休憩。

◎休憩時間に川竹氏から、野坂先生は5曲に全力を出しつくされるのでアンコールは困難だろう、だから小西館長がインタビューをするのが良いだろう、やってくださいと打診(命令)され、狼狽する。第2部開幕。4曲目「七ツのヴェールの踊り」、5曲目「琵琶行」と熱演が続く。野坂先生に何を質問するか、受付席や会場を往復し頭を掻きむしって考え続けた。だが、恐ろしいほどの気迫のこもった演奏にひたすら打ちのめされ、何も浮かばない。

◎演奏が全て終わりアンコールの拍手が鳴り止まぬ中、野坂先生へのインタビュー開始。しどろもどろになりつつ何とか無事終了することができた。

◎ロビーでサイン会。CD「交響譚詩」と「琵琶行」は、あっという間に完売。大変な人気である。この日の打ち上げはフジグラン(北島町鯛浜)内の中華レストラン・バーミヤン。幸福な2日間の催しはこうして終わった。

★「伊福部先生卒寿記念祭担当者日録」大好評につき、次号で番外編をお届けします
。 ご期待ください。

(04・4・3脱稿 文責:小西昌幸/創世ホール企画広報担当)

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