文化ジャーナル(平成16年7月号)

2004年7月1日

文化ジャーナル7月号

光文社文庫版『江戸川乱歩全集』

光文社文庫から、山前譲・新保博久両氏の監修で『江戸川乱歩全集』全30巻が刊行中である。スタートした最初の月(2003年8月)に2冊、以後は毎月1冊が順調に刊行されている。

1999年3月の創世ホール講演会でも山前さんが述べられていたが、両氏は乱歩邸を毎週1回訪問し、蔵にある蔵書資料を12年間にわたり調査された。後にその研究成果を『幻影の蔵』(2002年10月、東京書籍)として発表、読書界に話題を呼んだことはご存じの人も多いだろう。同書は2003年5月26日に第56回日本推理作家協会賞・評論その他部門賞を受賞した。

光文社文庫版『乱歩全集』は、中島河太郎先生亡きあとの乱歩研究最強コンビが監修解題を全冊担当し、がっぷり四つで膨大な乱歩作品と対峙しているものなのである。江戸川乱歩は生前没後にたくさんの全集が刊行されており、それぞれの刊行本によって字句の異同がみられる。今回の全集は、初出雑誌・初刊単行本・各全集(平凡社版、春陽堂版、桃源社版等)をつきあわせ「解題」で厳密な校異対比を掲載していて、文学研究としての姿勢も非常に志が高いものである。しっかり応援したいと私は思う。

なお、乱歩には単行本未収録の随筆やインタビュー、座談会、対談などが膨大に存在する。それらの分野はまだまだ手つかずの荒野といってよい。かといって商業出版では売れ行きの面でなかなか踏み切る出版社もないようだ。光文社文庫版『全集』も基本的には単行本を網羅したものなので未刊随筆類の完全収録は困難であり、それはやむを得ないと思う。

夢野久作には、三一書房版『全集』、ちくま文庫版『全集』、葦書房版『著作集』があり、この3種類は愛好家・研究者が押さえておくべき基本中の基本文献として定評がある。それに習って、この際光文社文庫版『全集』を補完する『江戸川乱歩随筆・対談・座談集成』のようなものを企画する出版社はないだろうか。

このように考えてくると河出文庫で94年から95年にかけて刊行された6冊の随筆集『江戸川乱歩コレクション』シリーズ((1)『乱歩打明け話』、(2)『クリスティーに脱帽』、(3)『一人の芭蕉の問題』 、(4)『変身願望』、(5)『群衆の中のロビンソン』、(6)『謎と魔法の物語』)は、山前・新保コンビの監修であり、光文社版『全集』を随筆面で先行的に補完する重要な出版物であったというべきであろう。

残念ながら河出文庫の『乱歩コレクション』は版元品切れになっている。この際増刷をしてきちんと宣伝したら、買いもらしていた人は必ず買ってくれると思うのだが・・・・。

新訳版レンズマン・シリーズ完結

1999年10月に創世ホール講演会に登場した柴野拓美さん(SF同人誌『宇宙塵』代表)は、小隅黎(こずみ・れい)の筆名で活躍している著名な翻訳家でもある。その柴野さんが、自分にとってSF界への最後のご奉公だとおっしゃっていたE・E・スミス『レンズマン』の新訳シリーズ全7巻が5月刊行の『渦動破壊者』(創元SF文庫)をもって完結した。この新訳シリーズはそもそも講演会の際、創世ホールのロビーで東京創元社の名編集者・小浜徹也氏(実家は徳島県藍住町)が柴野さんに企画をもちかけたのがきっかけということなので、北島町にとってゆかりのある書物なのである。

当シリーズの全タイトルと刊行年月日は次のとおり。

  1. 『銀河パトロール隊』2002年1月25日刊
  2. 『グレー・レンズマン』2002年5月31日刊
  3. 『第二段階レンズマン』2002年11月15日刊
  4. 『レンズの子供たち』2003年3月14日刊
  5. 『ファースト・レンズマン』2003年7月11日刊
  6. 『三惑星連合』2004年2月27日刊
  7. 『渦動破壊者』2004年5月28日刊

各巻の訳者あとがきは、柴野氏を研究する上で非常に興味深い内容だった。私は以前から、柴野さんが書かれた角川文庫などの解説、同人誌や様々な媒体に発表された随筆・対談・座談などをまとめた本が編まれてもよいと考えてきた。戦後SF普及の黒幕的仕掛け人による重要な証言記録になると思うからだ。それはそのまま、日本戦後大衆文学史・SF史にとって貴重な当事者の記録となるのである。私にお金と時間があり余っていたらぜひ作りたいのだが。

松田哲夫『編集狂時代』新潮文庫

筑摩書房取締役・松田哲夫さんの伝説的名著『編集狂時代』(本 の雑誌社、1994年12月)が新潮文庫になった(2004年5月)。単行本刊行から10年が経過しているので第7章(120枚)が書き下 ろしで大幅増補されている。図版も豊富で、この本は本当に面白い。どこを読んでも楽しいが、遅筆で有名だった井上ひさし・野坂昭如両氏から原稿を受け取るまでの攻防を綴ったエピソードなど物凄くスリリングで、何度読んでも手に汗握る。また今回書き下ろされた部分で大ヒット作『老人力』を敬老の日直前に刊行し「朝日新聞」の「天声人語」欄にとりあげてもらおうと考えて送っておいたら、それが実現、ガッツ・ポーズをとったエピソードが痛快。同書が年末年始の間に大変な話題となり、会社の留守番電話に数百件の注文がきていて、年明け早々社内各部署に注文電話が殺到したという個所もベストセラー誕生の逸話として生々しい迫力が伝わってくる。松田さんは1997年3月に創世ホール講演会に登場した。

南陀楼綾繁『ナンダロウアヤシゲな日々』

本書のサブタイトルは「本の海で溺れて」。著者の南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)氏は本名を河上進という。ユニークな筆名は、江戸時代の戯作者の名前を拝借愛用しているとの由。氏の出版界の最初の仕事は、ゆまに書房の『雑誌集成 宮武外骨此中にあり』全24巻だった(企画編集&版下貼り込み)。つまり彼は25歳くらいで編集者としていきなり頂点を極めたようなところがあるのだ。その後は『本とコンピュータ』編集部に在籍する傍ら、『彷書月刊』『sumus』『日曜研究家』などに古書や書店やミニコミについての文章を発表。本好きの人ならどこかで彼の文章に接しているのではないか。

河上氏は99年の春に北島町に来ている。徳島入りの目的は2つあった。1つは書店業界紙「新文化」連載コラムの取材(「創世ホール通信」の紹介)、もう1つは単行本『ミニコミ魂』(晶文社)の取材(牟岐町出羽島・坂本秀童氏の『謄写技法』と小西の『ハードスタッフ』の紹介)だった。氏は小西宅に泊まって古書店回りや鳴門市ドイツ館探訪などを精力的にこなしてお帰りになった。

本書は南陀楼綾繁氏(河上氏)の初の単行本。ミニコミや古本に関するネタが満載だ。秋田の無明舎出版発行、本体1600円。地方・小出版流通センター取扱いで全国どこの書店からでも注文できる。

(2004・06・30脱稿/文責:北島町立図書館・創世ホール館長 小西昌幸)

紹介した本の表紙

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