文化ジャーナル(平成19年3月号)

2007年3月1日

文化ジャーナル3月号

長谷邦夫さん インタビュー

出■長谷邦夫(漫画家、大学講師、漫画論、栃木県在住)

席▲坂本秀童(徳島謄写印刷研究会代表、牟岐町出羽島在住)

者●小西昌幸(北島町立図書館・創世ホール企画広報担当)

長谷■これ(*小西誠さんの詩「誓いの言葉」)は、歌にならないからさあ。僕は見本として、黒人が墓前でバンド演奏をバックに詩を朗読したジャズ・ブルースのレコードを用意したんです。

坂本▲トーキング・ブルースのようなものですか。

長谷■そういうものです。その種の古いレコードを佐藤允彦さんのところに持って行って、「千夏ちゃんにこういう感じでやってもらえたら、歌にならなくてもけっこうですから」ってお願いしたら、「面白いねえ」っていって。次にお会いしたときに允彦さんは「せっかくだから古いピアノで弾いていい? ホンキー・トンク・ピアノでやりたい。でも日本に2台しかないから、借りるのは高いけど」っていわれて、「いいです。僕は金のことはいいませんから、請求書はフジオ・プロに送ってください」って決めてしまった。普通はスタジオに置いてあるピアノを使うわけですが、ホンキー・トンク・ピアノをトラックでレコーディング・スタジオに運び込んでやるわけですよね。だから当日僕は、約束の時間より少し前に録音スタジオに行ったんです。赤塚は来てなくて、僕1人だったんだけど、そしたらもう中山千夏ちゃんは歌ってたよ。允彦さんが「長谷さん、もう出来てるよ。本番行こうか」って。プロは凄いよ。ピアノが入ったときに、允彦さんたちはもう待っていたんだね。特殊な音のピアノですから気になって、到着したらすぐ弾きたかったんだろうし、千夏ちゃんももうスタジオに入ったら歌ってたんだよ。嬉しかったねー。

小西●漫画雑誌の附録ソノシートに、そこまで打ち込んでやる訳ですね。プロフェッショナルですね。

長谷■そうですね。やっぱりね、冗談とかナンセンスは依頼するものは本物に頼まないとダメ。こっちは古いレコードをパロってやろうかな程度で企んでいるつもりだけど、允彦さんにまかせちゃえばこんなことが実現してしまう。常識的な発想では絶対ありえない録音なんだよ、これは。

小西●刺激的ですねえ。ソノシートは、本当に多彩なんですが、長谷さんは先まで見通しがあったのですか。つまり飲み友達のネットワークでドンドン行けるぞというような自信はおありになったのですか。

長谷■いや(笑)。自信じゃないけど、いきあたりばったりよ。音楽業界は僕全く知りませんからね。多少は顔見知りもいるけれど、それ以上ではないしね。

小西●じゃあ、このソノシート制作は本当に無謀なことをおやりになっていたんですねえ(笑)。

長谷■無謀もいいとこよ。

小西● 3号で、いよいよカミソリQ子と言う方が登場、「スケバン・ロック」というソノシートが附録になっています。ズバリお 聞きします。この人は青山ミチさん、その人ですか。

長谷■これはもう、本物ですね。録音スタジオを紹介してくれたポリドールの井尻さんは、水前寺清子さんの担当だった人だから、まさに業界の人ですよね。色んなタレントをご存じだから、「今使われていない人で、ギャラの安い人探してきてよ」って頼んでた(笑)。

小西●そういう依頼をされたわけですね(笑)。これもやっぱり無 謀ですねー(笑)。

長谷■自分の趣味でやっているようなものだけども、読者に悪いからね。多少はポピュラーなものもやらないとマズイかなあって思案して(笑)。そしたらね、井尻さんが「長谷さん、青山ミチっているんですけど、どうでしょうか」と言うわけ。「エッ、青山ミチ。知ってるよ」。青山ミチは、あの頃本物のスケバンだとかで話題の人ですから。ただそれだけの人だったので消えちゃってた。「売れなくなって暇になってるから。でも一応社長がいる よ」って言う。青山さんと社長が2人だけでやっている芸能プロの会社ね(笑)。「じゃあもう、スケバンの歌にしよう」って。ハハハハ。それで赤塚にいって、スケバンの歌書くからさ、雑誌もスケバンの写真撮ろうって。多摩川でスケバンが悪さしている、血が出ているような写真を撮った。録音当日は社長がピアノ番みたいな人を連れてきて、歌唱レッスンをやってくれたのね。ミチはね、全然字が読めないんだよ。それで社長が、「ミチ、お前は目が悪いからな、俺が読んでやるよな。ド近眼だし、字が見えにくいだろう」ってそばに付いてた。

小西●プライドを傷つけないように配慮している訳ですね。

長谷■うん。だからミチがタバコ吸うときは、社長が「ミチ、ホラ」ってタバコをくわえさせて社長が火を点ける。そういう風に 腫れ物にさわるようにしていたなあ・・・・・・。直接話は出来なかったんだけど、素直にレッスンを受けて、「本番行こう」って。

小西●「カミソリQ子」という名前で行きますよという話は?

長谷■ええ、もちろん全部通してありますよ。

小西●少し妙な仕事だなと思ったかもしれませんね。

長谷■でもミチにしてみれば久し振りにレコードが出るということで・・・・。

小西●ああ、そうか。

長谷■事実、このレコードを作ったおかげで、テレビ出演にもつながったんだ。テレビマンユニオンが制作していた「私が作った番組」最終回の《赤塚不二夫の激情No.1》のとき に、井上陽水さんを出したかったんだけども、企画演出した佐藤さんっていう人が、「ミチがいい」っていって青山ミチをスタジオに呼んで、スケバンの格好で火を燃やして、それで歌わせたんだよね。だから、テレビ出演も出来たんだよ。

小西●この附録ソノシートが契機になっているわけですね。

坂本▲「スケバン・ロック」を歌ったんですか?

長谷■ そうです。タンカも切ってもらった。No.1の歌を中心に、「キャロル」の矢沢永吉らも一緒に出演しているし。

小西●凄いですねえ。随分贅沢なことをおやりになったんですね。

長谷■無茶苦茶なことをやってるね、当時。この番組のナンセンス性も凄かった。「キャロル」の演奏に花笠音頭のおばさん80人が踊って紙テープを大量に投げた!

小西●「スケバン・ロック」は、作曲を、つのだ☆ひろさんに依頼されていますね。

長谷■つのだ☆ひろさんは、つのだじろうさんの弟ですから。彼がアマチュアの頃から僕ら知ってたんだよ。ウエスタン・バンドやハワイアン・バンドでバイトをやってたりしてたね。つのだじろうの実家の目の前がスタジオ・ゼロで仕事場だったから。それでひろさんは遊びに来ていたんだよね。凄いドラマーになったよね。浅川マキさんは彼のドラムが大好きで共演してた。〔次号に続く〕

【一部敬称略/収録2001年3月5日 徳島市・ふらんせ蔵/採録文責=小西昌幸】

スケバンロックジャケ写

このページの
先頭へ