文化ジャーナル(平成19年4月号)

2007年4月1日

文化ジャーナル4月号

『まんがNo.1』の時代(9)

長谷邦夫さん インタビュー

出■長谷邦夫(漫画家、大学講師、漫画論、栃木県在住)

席▲坂本秀童(徳島謄写印刷研究会代表、牟岐町出羽島在住)

者●小西昌幸(北島町立図書館・創世ホール企画広報担当)

坂本▲『まんがNo.1』の頃は、つのだ☆ひろさんは浅川マキさんのバックを務めていた時期ですか。

長谷■そうそう。マキも「(つのだ☆)ひろじゃなくちゃ、歌いにくい」っていって。僕は1回「ひろでタイコいくからね、マキさん歌ってくれない?」ってチラッと依頼したんだけど、ダメだったね。

小西●つのだ☆ひろさんに作曲依頼されたときは、青山ミチさんがカミソリQ子という名前で歌います、っていうことをお伝えしているわけですよね。

長谷■もちろん言ってるよ。

小西●つのださんのリアクションは、いかがでしたか。

長谷■じゃあ、やりましょうって気持ちよく引き受けてくれた。僕らの冗談は分かってくれていますからね。

小西●つのだ☆ひろさんはレコーディングには?

長谷■いや、このときは立ち会ってない。かわりに編曲したピアニストが来てね。要するにそのおじさんピアニストが教えないと青山ミチは歌えないんだよ。だから「こういう風に歌うんだよ」、っていって、彼が最初に歌って、ミチが次に歌って覚える。だから大変なタレントだったんだよね、やっぱり。子どもをあやすようにして。

小西●小野ヤスシさんが、冒頭のナレーションで参加されています。

これも豪華ですね。録音参加のいきさつは?

長谷■これは、赤塚不二夫とのおつき合いの中で生まれたことなんですね。

小西●小野さんも同じ現場に来られていたんですか。

長谷■ええ、小野ちゃんは新宿では一緒に良く飲んだりなんかして良く知っていました。これ以前に『少年サンデー』のカラー・グラビアで写真マンガというのを赤塚が企画したときに、座頭市に赤塚不二夫がなって、小野ヤスシとドンキー・カルテットが西部劇のスタイルで悪人役をやってた(笑)。そのときは、ロケ・バス出して箱根で撮影やったんだよ。そんな企画に、メンバー全員参加してくれたから。そういうお仲間みたいなおつき合いしていたんです。小野ヤスシさんは本当にノリのいい人でね。それで、お願いしたんですよ。

小西●じゃあ、このナレーションは、楽しくノッてやって下さったお仕事だったんですね。

長谷■そうです。

坂本▲雑誌の現物があるんですけども、新年号の口絵にはセーラー服姿のフジオ・プロの人たちが・・・・。

長谷■そう。フジオ・プロ総出演で、全員女学生になっていて。この撮影も面白かったよ。多摩川の川っぷちでやったんだけど、対岸に工場なんかがあって、ちょうど昼休みでねえ、河川敷きに若者が出てくるんだ。でね、遠方から見ると女学生が10人ぐらい集まって、なんだか知らないけどガチャガチャやってるってのを、彼等がずーっと見てるんだ(一同笑)。だから俺たち、川っぷちまでいってスカートめくってね、見せてやるの。遠くから見ると女にしか見えないはずだから。そんな遊びをしながら、雑誌作りをやってたのよ(笑)。

小西●チェーンを持っている人もいますね。

長谷■チェーン振りまわしたのは横山孝雄だね。

小西●横山さんは真面目な方なのでは。

長谷■真面目だよ、凄い真面目。でも変装大好き人間だった。

坂本▲真面目にこういう遊びができるっていいですねえ。

長谷■そうなんだよねえ。

小西●この曲も1日でレコーディングは完了ですね。

長谷■ええ、そうです。

小西●つくづく思うのですが、全然手抜きしていませんねえ。まいったなあ。

長谷■手抜きはないね、これは。ほんと凄いね。いや自慢でもなんでもないんだけど、自分はそう頼んでセッティングするだけ。相手はプロだから完璧にやってくれるんだよねえ。

井上陽水さんの「桜三月散歩道」録音のときもそう。僕はびっくりしたものねえ。ソノシートなのにあまりに豪華なんで、これでギャラが払えるんだろうか?少し心配だった。アレンジャーの星勝も来てるんだからさあ。こっちはド素人で見てるだけだから。まず初めにヴァイオリン・ケースを持ったお嬢さんが3人来てさ、ヴァイオリン・パートを弾いてるわけよ。まだ陽水さんは現われないんだけどさ、彼女たちは自分のパートが終わると帰っていく。そうすると次のパートの奏者たちが来てジャカジャカやって。ラストに陽水さんが来てブースに入った。彼のギター・パートもあるからそれを録音した。全部で一体何人来たかなって。でも、それは全然OKだと腹くくりました。俺もう請求書見ないから(一同爆笑)。そういう環境で作ると言うことを決心した以上は、これでは困るなんてことは一切言わないようにした。

だけど、最初の打ち合わせは陽水さんと僕と2人だけよ。新宿のミラノ座入口横の小さな喫茶店で会って。「僕が作詞しますけども、よろしいですか」、「いいですよ、ただ赤塚さんに一度会わせて」って言うから「じゃあ、下落合に一度来て下さい」ってことだったの。

「朗読の部分は、僕照れちゃってできないから、『ニャロメの歌』を歌った大野進さんが朗読すれば、そこはパロディになるんじゃないですか、長谷さん」っていう。冗談レコードのシリーズということでしたから、これも当然な成り行きです。だから、音楽を録音するときのミキサーは大野進なんだよ。彼はポリドールの超一流のミキサーだったから。

小西●「桜三月散歩道」は、陽水さんのアルバム「氷の世界」には、別バージョンが収録されているわけですね。長谷さんには作詞印税が入った?

長谷■入りました。この『まんがNo.1』の仕事ってのは、僕はノーギャラ、一切お金もらってないけども、陽水さんの「氷の世界」に収録されて。それが百二十数万枚の売り上げでしょ。あっと言う間に百万枚いったんだよね。

小西●ミリオン・セラーですね。

長谷■僕が初回にもらった印税は50万円くらいかな。1972年のお金ですけども。要するにね、陽水さんはホリ・プロ所属だったんだよね、この時は。あとで彼はフォーライフ作って独立しますよね。そのときに、「長谷さんの詞もフォーライフに持って行きますよ、といわれてたんだけど、ホリ・プロが離さなかったね、僕の詞を。

だから「桜三月」の僕の詞は今でもホリ・プロ管理です。ホリ・プロが50パーセント天引きをしてます。今でも印税入って来ますよ。毎年2万円ぐらいかな。ギター教則本とか通信カラオケとかで。三十年間、まだ印税絶えないから、凄いよー(笑)。マンガで得たお金じゃないからね。何かいいのかなあと思って。

小西●それは良いことじゃないですか。

長谷■それでこの印税を使って、山下洋輔トリオのヨーロッパ・ツアーのおっかけをやったんだよ。ヨーロッパ半月間にトリオが2回コンサート出演をした。それを聴いたわけです。陽水さんのおかげですよ。この際、お礼申し上げておきます(一同笑)。


〔次号に続く〕

【一部敬称略/収録2001年3月5日徳島市・ふらんせ蔵/採録文責=小西昌幸】

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