文化ジャーナル(平成19年7月号)

2007年7月1日

文化ジャーナル7月号

『まんがNo.1』の時代(12)

長谷邦夫さん インタビュー

出■長谷邦夫(漫画家、大学講師、漫画論、栃木県在住)

席▲坂本秀童(徳島謄写印刷研究会代表、牟岐町出羽島在住)

者●小西昌幸(北島町立図書館・創世ホール企画広報担当)

長谷■『まんがNo.1』だけがトラックに載るわけじゃないからね。

坂本▲突出して部数を多くする訳にはいかないんですね。

長谷■他の実話雑誌と一緒にいく訳だから、そうすると冊数が同じ位じゃないとたぶん載っからないと思うんだよ。それでたぶん5万部から6万部ぐらいという形だったと思いますよ。

小西●月刊誌としての『まんがNo.1』は1972年11月号で創刊、73年4月号(6号)で休刊になり、その他に別冊が4点刊行されていますね。別冊としては、『赤塚不二夫年鑑』が73年1月に発行されています。本誌の休刊以降に、『レッツラゴン・ダメおやじ大特集』が73年6月、『天才バカボン・私立恐怖高校大特集』が同年9月、『ギャグゲリラ・天才バカボン大特集』が同年11月、以上3冊の『別冊まんがNo.1』が出ているわけです。これらは総集編の特別編集ですね。

休刊ということは連載がストップするわけですが、連載関係の漫画家や作家の人たちに頭を下げてまわる様なことはされましたか。

長谷■頭下げに行ったのは平井和正さんだけ。中断するということでね。

別冊作って出しましたけど、それはフジオプロ内部にある旧原稿で刊行したんだね。これだと編集スタッフも少なくてすむし、経費もかからないし。だから僕は、その本を準備しておいて、そこに活字の頁として平井さんが書き残している小説をまとめて入れようとした。終わりまで責任持ちたいということでね。だけど書いてもらえなかった。

坂本▲本来は平井さんに書いてもらいたいがために別冊を作った、ということですね。

長谷■そうすれば経費かからないし、マンガを半分にして後半平井さんの小説を総特集でドーンとやれば、残りの連載分が載せられると思った。エンディングにたどり着くまでに3冊あればいけると思ったわけです。平井さんにもそう説明しましたよ。

坂本▲僕はかつて別冊を2冊ぐらい持っていたのですが、制作意図が全然分からなくて・・・・。何でこういうある種中途半端なものを作られたんだろうと、謎だったんですけど。

長谷■読者にしたら、そう思ったでしょうね。

小西●多少でも赤字補填をする意味合いもありますね。

長谷■そう。それもあったんだね。編集経費かけないで、赤字補填できるかもしれないし、僕はもう6冊でやめようと思っているから、平井さんにはおわびを入れておいて、『別冊まんがNo.1』にドカーンと載っけちまうと。そしたら『別冊まんがNo.1』もまた幻の本として(笑)。そういうところまでは考えてたんだけど実現しなかった。

結局は何年後かに『悪霊の女王』として加筆刊行されて。高千穂遥さんが僕を慰めてくれたわけだよ(笑)。「あれは中断したけど『悪霊の女王』になって良かったじゃないですか」って。でも僕は平井さんに頭あがらないんだよね・・・・。手紙もらっちゃったんだ。「今、心臓の具合悪いから、長谷さんの依頼だけど当分書けないんでごめんなさい」と。「ごめんなさい」と彼は書いてくれたけど、僕の方が悪かったので、赤塚に「平井さんとこへ行こうよ」と言ったら、例によって彼は逃げたんだよね。責任持たないんだよ。俺が依頼したけど責任編集者は赤塚なんだから、一緒におわびに行こうと言ったんだけど彼は行かなかった。だから僕が行って「赤塚が別冊で出しますって言ってますので勘弁して下さい」と言ったというわけです。

小西●それは立派な姿勢だと思います。そういうタイプの編集者がたぶん今少なくなっているから、出版の世界がつまらなくなってきているのではないでしょうかねえ。

そろそろ、テープ残量が少なくなってきたので、他にも幾つかお伺いします。日野日出志さんも登場されていますが、この「女の箱」という作品は、エンディング部分がカラーなんですよね。非常に面白い試みだと思うのですが、こういうことがおやりになりたかったわけですか?

長谷■そうです。マンガって普通は巻頭部分がカラーですよねえ。だけどホラ、マンガは始まったばかりのパートはそんなに面白くない。イントロダクションが面白いものもあるけど、普通はあまり面白くない。やっぱりマンガは後ろに行くに従って盛り上がって、特に一番うしろが大切な部分が多いはずだから、おしまいに行くにつれてカラフルになって4色にするのがいいんじゃないかって。これは赤塚と僕が相談して考えた。

日野日出志さんは僕の趣味。(笑)当時、ファンだったの。赤塚はこういうマンガは嫌いだったかも知れないんだけど、僕は日野さんにカラーで描いてもらいたいと思って、それまでお会いしたことはなかったんだけど、依頼したら見事なカラー作品が届いてうれしかった。

小西●考えてみると、ラストをカラーにするというのは描き手の側の思いからすると理にかなっていますよね。日野さんもこういう依頼が来て嬉しかったのではないでしょうか。長谷さんが日野さんのお宅に行ってお願いされたのですか?

長谷■誰か編集部のスタッフに頼んで、執筆のお願いに行ってもらった。

谷岡(ヤスジ)さんも、僕は直接はお願いに行ってないです。伊藤さんっていうバイトの女の子が原稿を取りに行くとね、仕上がるのを待っている間にビールを飲ませてもらってたということで、ほろ酔いで帰って来たりするのよ。「羨ましいなー」なんてね(笑)。

小西●映画批評家の松田政男さんも登場しています。2月号の「メッタ斬りシリーズ第3弾/雑誌」という特集で「二進分類法による現代マガジノロジー」という、ある種の雑誌論を書いておられますね。

長谷■松田さんはゴールデン街で知り合った映画関係の方ということでね、付き合いありましたからね、登場してもらおうと思って。要するに佐々木守さんが対談のホストで出てるでしょ。だから佐々木守、平岡正明、松田政男といった批評戦線の人達、足立正生もからんでいる。『映画批評』っていう、あれも凄い身勝手な雑誌なんだよ(笑)。えらい難しい訳の分からない本だけど、赤塚不二夫が表紙描いたりしてね。映画のラストシーンをテーマにして描いた。

小西●そうですね。

坂本▲『映画批評』は、赤瀬川さんも表紙やられていますね。

長谷■そうですね。松田さんが「次は赤塚さんに表紙をお願いできないかなあ」っていうから「いいよ、じゃあこっちにも書いてよ」って言うような感じだね。

小西●今の雑誌編集の世界に欠けているのは、きっと、そういうダイナミズムというか余裕のある遊び心だという気がします。やはり熱気が違う。

この「メッタ斬り」シリーズの構成は、「ツーホット・ワンアイス」というグループ名なんですが、これはメンバーはいるのですか?長谷さんの変名ではないんですか?

長谷■違う違う。これは詩人の奥成達のグループなのよ。編集代行とライターの集団で、『ヤング・コミック』のコラム・ページも担当していた。元同誌の編集者・岡崎英生さんと奥成さんと映画評論家の西脇英夫さんと後に小説家になった森真沙子さん。

 


次号に続く

【一部敬称略/収録2001年3月5日徳島市・ふらんせ蔵/採録文責=小西昌幸】


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