文化ジャーナル(平成20年1月号)

2008年1月1日

文化ジャーナル1月号

海野十三展に寄せて

前号でもお伝えしたとおり、2008年1月5日から2月10日まで徳島県立文学書道館(TEL.088-625-7485)で、生誕110年記念「日本SFの父・海野十三(うんの・じゅうざ)展」が開催される。海野は何と言っても郷土の生んだ偉大な先駆者なので、心ある者は力を合わせて催しを支援しなくてはならないと考える。たまたま私(小西)は文学書道館の求めに応じて、同展の図録につたない文章を2つ寄稿した。ここではそのうちの1編を転載することで海野十三の業績を顕彰し、合わせて日本中に存在する海野ファンに展覧会への力強い結集を呼びかけることとしたい。〔小西昌幸〕

SF作家としての海野十三~その先駆性と地球防衛・世界連邦構想~

小西昌幸(海野十三の会副会長、北島町立図書館・創世ホール館長)

本稿のテーマは《SF作家としての海野十三》である。筆者の力量では荷の重い仕事だが、ここでは主として海野のSF作品の先駆性と地球防衛構想を取り上げて、つたない考察を試みたい。

海野十三はSF風味の探偵小説でプロ・デビューし、その路線の作品を次々に発表する。ある犯罪が起こり、謎解きを探偵役の人間が行ない、奇抜な科学トリックが隠されていたことが明らかにされるという展開である。

そんな海野十三が最初に書いた長編科学小説(SF)は、昭和十一年『ラヂオ科学』に連載した「地球盗難」であるといわれている。弁当箱の二倍ほどもある巨大甲虫(カブトムシ)が冒頭に登場し、やがて遊星生物ウラゴーゴルによる地球盗難という一大怪事が明らかになる。ウラゴーゴルは、「一種のアミーバーから成長した高等生物」という位置付けだ。SFのテーマ別分類をするとこの作品は「侵略物」という項目になる。「地球盗難」には「テレビジョン」が登場する。ロケットの前後左右など合計六か所にカメラが装着されており、機内でその映像が見えるようになっている。

また「地球盗難」には「怪力線杖」なるものが登場する。その杖は、怪力光線という物質を焼ききる殺人ビームを放射するのだ。今では当たり前のようにSFに登場する小道具だが、当時は相当珍しかったに違いない。

「宇宙女囚第一号」(一九三八年=昭和十三年七月)には物質電送装置が登場する。物質電送装置は、一般には映画「蝿男の恐怖」や「ザ・フライ」の原作、ジョルジュ・ランジュラン「蝿」(一九五七年)が著名だが、同作よりも海野は約二十年早いのである。海野はちゃんと立体電子分解機と立体電子組成機を登場させている。

「人造人間戦車の秘密」(一九四一年=昭和十六年)で海野は合体ロボットを登場させている。百万を超える人造人間が、次々合体して戦車になり一万台の人造人間戦車を完成するのである。現在では合体ロボットはSFアニメなどの定番になっているが、ここでも海野は先駆けといってよいと思う。

古典SF研究の最高権威・横田順彌さんは、海野の未完に終わった「原子力少年」についての解説で、海野がワープ航法や大宇宙連盟構想をイメージしていたのではないかと推理を立てておられる(三一書房版『海野十三全集』別巻2「解題」六六五頁)。同作は最晩年のもので、雑誌の廃刊により図らずも未完になったのであり、その直後の作家の逝去によって、もはや永遠に完成作が読めない。この現実は本当に悔しいといわざるをえない。

その他「怪塔王」に出てくる奇想兵器「あべこべ砲」、「のろのろ砲弾の驚異」に登場する「低速砲弾」など、海野の発想は実に奔放で本当にユニークだ。誰かが海野作品に登場するSF小道具の研究論文を書かないものか。

近年の研究で、海野十三が海外のパルプマガジンを読んでいたこと、それらの中から着想のヒントにした可能性があること、また当該作品についてある程度まで絞りこむことができるのではないかという声も聞く。その分野の検討は作家研究・作品研究の大きな課題である。有志の手をぜひお借りしたいものだ。

以下、海野の地球防衛・世界連邦構想について手短に述べる。海野十三の代表的SF作品「火星兵団」(単行本、一九四一年=昭和十六年刊)は当時の少年少女読者を夢中にさせた。三一書房版『海野十三全集』第八巻の「解題」で會津信吾氏は、北杜夫氏や藤子不二雄氏の「火星兵団」への熱狂ぶりや思い入れについて記しておられる。徳島の海野十三の会を見渡しても、山下博之会長や原田弘也さんなど一定年齢以上の人は、子ども時代の読書体験として「火星兵団」に破格の思い入れをお持ちのようである。

「火星兵団」の「作者の言葉」で海野は、次のように語っている。「大宇宙の黒船は、いつ地球へ、突然姿をあらわすかもしれない状態にあるのです。そのときのおどろきを考えてみてください。しかもそのとき、われわれは決して負けてはならないのです。人智をみがくために、科学力をいやが上にもすぐれたものにするために、人類の中でも特にすぐれた素質をもつわれわれ日本民族は、他の民族よりも進んで勉強し、地球全体の中から選ばれた第一線民族として、宇宙から来る外敵に対して、いさましく立上らねばならないのです。われわれの科学研究の目標は、これほど遠くに置くのが本当だと思います」

これは、一種の地球防衛構想である。無論時代背景の問題もあり、「指導者としての日本民族」「日本民族の優秀さ」といったナショナリズム的部分が強調された文章になっている。が、とにかく当時の日本で「積極的に地球侵略ものと取り組んだ作家は海野十三ただ一人であった」(會津信吾、三一書房版『海野十三全集』第八巻「解題」)。地球外からの侵略者と地球防衛という1点のみを捉えても、海野十三がいかにSF的先駆性に富んでいたかがよく証明されるのである。

敗戦のとき(一九四五年八月)、海野は広島長崎に落とされた新型爆弾を原子爆弾と見抜き、日本の敗北を自覚し日記に書きつけている。さらにこの年、『光』十月号に海野は「原子爆弾と地球防衛」と題したエッセイを発表している。その中で注目すべきは次の部分である。「すなわち、原子爆弾の実現したのを機会として、全世界はお互いの間における一切の戦争を永久に終局せねばならぬ。そして全世界は一致団結して協力し、地球防衛の一目標に精進せねばならぬ」

この文章は大変重要だと私は考える。海野は人類がとうとう核兵器を手にしたことでその気になれば全てを滅ぼすことが可能になった(地球全体の自殺装置を手に入れた)ことを認識したのだと思う。だからもはや地球上での争いは無用だということである種の世界連邦を構想する観点(あるいは心境)に立ったと想像される。

いずれにせよ一九四五年の晩夏という時期にそんなことを彼は考え、先の文章を書いたのだ。ここでも彼の先駆性は、群を抜いていると私は強く主張したい。

一九四九年五月十七日、海野十三は五十一歳五か月という若さで世を去った。それから五十八年がたち、とっくに新世紀になっている。にも関わらず我々の世界はひたすら混沌とし、「世界連邦構想」など程遠い有様で、戦争状態は悪化をたどっている。天国の海野が下界の我々を見たら、いったい何というだろうか。(2007年12月16日脱稿/敬称略)

 

本稿執筆にあたり、研究家の瀬名堯彦様に多大なサジェスチョンを受けました。記して感謝いたします。

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