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文化ジャーナル(平成13年11月号)

文化ジャーナル11月号

創世ホール企画担当者日録
2001年10月杉浦先生講演会、アイルランド音楽演奏会宣伝作戦

10月4日(木) 多忙のためすっかり忘れるところだったが、10月20日の杉浦康平先生講演会の当日パンフレットを早く作らないといけない。どう考えても11日には印刷入稿する必要がある。しかし「創世ホール通信」の原稿さえできていない。月末から月初めにかけて処理する大量の検査調書や支払伝票処理の仕事も、まだだ。午後、地方・小出版流通センターの川上賢一社長から電話。川上「小西君か、元気にしてるかい? 徳島そごうの8階に紀伊國屋書店ができるのは知ってるよね。来週8日にそのオープニング・パーティがあって、俺も徳島に行くんだよ。君は出版社やってるのに招待されてないのか」、小西「何いってるんですか。私が招待されるわけがないでしょう」、「あはは、そうか。せっかくだからさ、パーティ終了頃に出てこいよ。会場の出口で待ち合わせて、会おうよ」、「了解です」。・・・・・ということになった。あわせて徳島市内の主要書店の地図をお送りすることになった。講演会のダイレクト・メールがまだだったことに気づく。人手が全く足りないので杉浦図像研究家の洋裁職人・桃井幸子さん(徳島市在住)に応援を求めることにした。写研カレンダーの展示は主に彼女にしていただいたのだ。7日にきていただくことになった。

5日(金) 写研四国サービス(高松)の渡辺博文氏が来館。激励を受ける。

7日(日) 桃井さん、朝から来館。封筒宛名書き等をしていただく。私は「創世ホール通信」の版下を作り印刷。午後から当日パンフレットの版下作りをして完成させるはずだったのだが、午後2時頃からじわじわと胃のあたりが痛みだし、体調最悪となる。当日パンフレットの版下作りは途中で断念。2度嘔吐をし、腹痛がおさまらず3時半頃帰宅。布団に入ってずっと苦しんでいた。腹痛は夜9時過ぎになんとかおさまる。講演会のダイレクト・メールは桃井さんのおかげでなんとか200通ぐらい 出せることになった。これでかなり展開できるだろう。

8日(月・祝) 明日は、毎年10月に受診している大腸内視鏡検査の日だ。検査前日の食事は、3食ともうどん。繊維質のものや生ジュースなどは残渣が腸内に残り検査しにくいので、とってはいけないのだ。昨日の腹痛のダメージがあるので、午前中、ずっと横たわっていた。午後1時過ぎ、そごうに向けて出発。2時、地方・小の川上社長を無事発見。川上氏のほか、偕成社・今村正樹社長、税務経理協会・大坪克行社長室長、紀伊國屋書店堺店の高木正明店長、京橋店の寒川浩一店長と私とで新町ボードウォーク沿いの喫茶店に行き、雑談。川上さんは4時過ぎのJRで高松へ、今村・大坪両氏は夕方の飛行機で東京にお帰りになるので、私が空港までお送りした。

9日(火) 職場は振替休館日。大腸内視鏡検査の日。午前7時起床。当然朝食は抜き。下剤の水溶液を2時間で2リットル飲まないといけない。大腸内をきれいにして病院に行くのだ。11時過ぎ病院へ。検査結果は昨年より悪化していた。私の病気「潰瘍性大腸炎」(厚生省の指定難病)は良くなったり悪くなったりを繰り返す原因不明のものなので、昨年の検査結果が大変良好だったから少し下り坂に向かっているということだろう。医師の見解では、まだサラゾピリン(この病気の特効薬だが副作用もある)は服用しなくてよいだろうとのこと。帰宅後は横たわって安静にしていた。

10日(水) 私はこの日振替休日なのだが、講演会の当日パンフレットの版下を明日印刷所に入稿するので、職場に顔を出して、2時間ばかり作業をした。レイアウト用紙に手で文字や図版を貼り込み、紙の版下で入稿する完全アナログ方式だ。印刷所に電話し、午前中にはできないので午後に取りにきて欲しい旨、伝える。

11日(木) 午前中、当日パンフレットの版下制作作業に没頭。昼前、杉浦事務所から第2部のテーマが「手の中の宇宙」に決定した旨のファクスが到着。大急ぎでワープロに向かい、版下を差し替え。4日前におきた私の腹痛(胃けいれん)の原因はたぶん、こういう日々を過ごしているからだと思う。しかし、最後の懸案事項だった講演会第2部のタイトルが決まり、うんと気持ちが楽になった。昼過ぎ版下無事完成。四国写研の渡部圭営業部長、来館。講演会チラシをA全サイズで、大きくプリントしてもらうため相談していたのだ(板東孝明デザイン事務所の紹介)。杉浦事務所から送られてきた画像データのフロッピーを渡す。2枚作ってもらってポスターとして掲示することにした。5時過ぎ印刷所の蓮池氏が来る。版下を手渡し、すっかり気分爽快。残業せず帰宅。夜8時過ぎ、エフエムびざんへ。「3Bのえんぴつ」という1時間のトーク番組(録音)に出演するため。小松島市地蔵寺の服部宏昭さんと徳島市般若院の宮崎信也さんという2人の若いご住職が担当していて、世相や文化について語り合う番組。杉浦先生の講演会のことを話した。2人とも職業柄、杉浦先生の曼茶羅図像解説の奥深さについて強調して語っていた。

12日(金) 四国写研からA全サイズのポスター届く。パネルに入れ図書館内に展示した。ビューティフルだ。夕方、徳島市の県郷土文化会館へ。「第29回音楽協会コンサート」の会場入り口で11月24日の「アイルランド音楽の世界~グレイグース・コンサート」チラシ配布をする。チラシ配布の後、コンサートも鑑賞。

14日(日) 夜、東京の吉田陽子さんから小西自宅にEメール。「杉浦康平さんの講演会いよいよ今週末に迫りましたが拝聴したいと思います。いやもう仕事なんぞはほったらかしていきますとも。東京でも、なかなかこんな機会はありません」

15日(月) 休館日。日下潤一氏(デザイナー、印刷史研究会)から、電話。徳島行きの飛行機の切符を手配したとのこと。いよいよ盛り上がってきた。夕方6時半頃からのFMびざんの生番組に出演。創世ホールの紹介と講演会の宣伝をする。帰宅後、鴨島町役場の友人・岡田英晴氏に日下氏の出迎え等を依頼、快諾を得る。ありがたい。

16日(火)-19日(金) この4日間のことはもはや記憶が定かではない。とにかく、講演会準備にあけくれていたのだ。17日には近世雑楽団エストラーダの川竹道夫氏にきていただき、パソコンとプロジェクターを設置し作動確認をした。あとは当日の分刻みのスケジュール表を作り、職員の役割分担を決め、お弁当の個数確認と注文、杉浦先生を囲む会(会費制)の出席者名簿と案内状作成と人数調整、鳴門市ドイツ館訪問の調整等々、その他とにかく1つの漏れもないよう検討し、毎日その作業を延々とやっていたのだ。18日の「徳島新聞」、19日の「読売新聞(徳島版)」に講演会のことが大きく掲載され、励みになった。19日は資料の袋詰め作業を夕方までかかってした。杉浦先生からの入場者への特別プレゼントは、カラーチラシのほかに、『自然と文化』『噂の真相』など先生デザインの雑誌を1点。超豪華、空前絶後である。また、九州・福岡の人から講演会参加の電話。勇気と催し成功への確信がみなぎってくる。

講演会の様子

20日(土) 講演会当日。職場で立て看板を作り受付等の準備をする。11時過ぎ徳島空港に向けて出発。正午前の飛行機で、杉浦先生ご夫妻と事務所の坂野公一氏、到着。徳島県美術家協会デザイン部会の坂本三千一会長と浅野昌哉さんもわざわざ挨拶にきてくださった(杉浦先生はちょうど1年前、2000年の「徳島県美術展・デザイン部門」の審査員をつとめ、坂本浅野ご両名と交流があった)。ホテルでチェック・イン手続きをしたあと、午後2時頃、板東孝明デザイン事務所を表敬訪問。ほどなくして、岡田氏の運転で日下潤一さんもやってきた。板東事務所前の徳島古本流通センターに杉浦先生をご案内した。先生は40年前に自分が書いた文章の掲載されているデザイン書を見つけて、店にあったシリーズ在庫5冊をまとめて購入。3時北島町立図書館到着。入念な画像チェックとリハーサルが始まる。事務所には高知県大川村の川村純史氏率いる木星会グループ関係者7名など杉浦先生の知人友人が次々訪問。6時半、講演開始。観客は210人。第1部「ブック・デザインの宇宙 本の森羅万象」、第2部「手の中の宇宙」。画像数百枚を巨大画面に投影しながら、杉浦先生の高密度の解説がつく全3時間に及ぶ空前の講演は、ひたすら美しい映像に圧倒され、ため息の連続だった。東京、福岡、兵庫、香川、高知など県外からの参加者もあった。日清紡徳島工場の工場長さん、SF作家の川島ゆぞさん、あわわの住友達也社長などの姿もあった。古書店関係者が数名、デザイナーや建築家の方々は数十人来ておられたようだ。講演終了後の会場にはマイク・オ-ルドフィ-ルドの「チューブラ・ベルズ3」のエンディング曲を流した。鐘の音が鳴り響くこの曲で、関わった全ての人々を祝福したのである。歴史的講演会は成功裡に終了した。

21日(日) 日下さんは、この日お昼過ぎの高速バスで大阪に向かうので私が案内させていただくことにし、杉浦先生ご一行の移動については高知グループにお願いした。鳴門市ドイツ館を訪問。謄写印刷物を見ていただいた。日下さんは、午後1時過ぎのバス、杉浦先生は3時の飛行機でお帰りになった。

24日(水) 私は振替休日。午後3時、鳴門市へ。鳴門市文化市民会議から「先進地事例報告」ということで講演要請を受けていたのだ。創世ホールの講演会のことを中心に話す。ドイツ館の印刷物、市民による手作りイベント「鳴門マルディグラ」、鳴門金刀比羅神社のやっていることの凄さ(宮司・神東正典氏の人脈でかつてゼルダやどんとが秋祭りに友情出演)についても話した。講演終了後、徳島市へ直行。徳島アイルランド音楽愛好会の川竹道夫さんを乗せて、羽ノ浦町福祉センターへ。11月24日開催の「アイルランド音楽の世界~グレイグース・コンサート」で羽ノ浦町の外国語指導助手、ショーナ・マッカーノンさん(英国北アイルランド・ベルファスト出身)にアイリッシュ・ダンスで共演していただくため、その正式依頼に出かけたのである。

次は11・24アイルランド音楽演奏会に向けて全力投球だ。皆さん、どうかご支援を!

(2001年11月2日脱稿 小西昌幸)

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