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文化ジャーナル(平成14年4月号)

文化ジャーナル4月号

幻のアルバム「絆」をめぐって
ダンスリー、岡本一郎氏に聞く

岡本一郎(ダンスリ-・ルネサンス合奏団リーダー、リュート奏者)

小西昌幸(創世ホール企画広報担当)

小西 この「創世ホール通信」裏面の「文化ジャーナル」は昨年8月号から北島町のホームページで読めるようになっておりまして、色々反響があるのですが、3月号でダンスリー・ルネサンス合奏団のファースト・アルバム「絆」のことについて書いたところ、ロック系の掲示板で「自分もファーストを捜している」「ぜひ、どこかのレーベルから再発売して欲しいものだ」という人が現われたりしました。ダンスリーに根強い関心を持ってくれている人がかなりいると思うわけです。この機会に、リーダーの岡本一郎さんに、「絆」に関するいくつかのことをファクシミリで質問させていただくことにしました。記録として残しておくことは、確実な意義があるのではないかとわたしは考えているのです。お忙しいのにお手間を取らせて申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。そもそもレコーディングの話は、フォーク・グループ「五つの赤い風船」のベーシスト・長野隆さんからURCレコード(社長:秦政明氏)を紹介されたことがきっかけということでした。長野さんとはどういうお知り合いだったのですか?

岡本 秦政明さんの下で「五つの赤い風船」のアシスタント・マネージャーをやっていた、今井さんという人が、私の大学時代の後輩でした。その今井さんが長野隆さんを私宅に連れてきてくれたと記憶しています。

小西 「絆」のレコーディングはどこでしたのですか。スタジオですか、どこかのホールですか。録音時期は?

岡本 大阪市内のレコーディング・スタジオでした。1977年の春のことです。

小西 LPは2枚組ですし、レコードに収録されなかったものも含めてかなりの曲数というか、かなりの時間を録音に費やされたと思いますが、何日間レコーディングをしたとか、おぼえておられますか。

岡本 LP5枚分を録音しました。約1か月か、あるいはそれ以上かかったかもしれません。

小西 初めてのレコーディングで、とまどいなどありませんでしたか。また、そのときの印象とか苦労話など、感想がありましたらお聞かせください。

岡本 とまどいばかりでした。長時間の録音でヘトヘトに疲れてしまいました。フランスで知り合ったリコーダー奏者のロバン・トローマン氏が大きな助けをしてくれました。録音のため来日してくれたのです。

小西 レコーディングに立ち会ったURCの人は、社長の秦政明さんではないかと思うのですが、おぼえておられますか。

岡本 秦政明さんは立ち会ってくれました。全てではありませんが。

小西 プレス枚数はどのくらいだったんでしょうか。

岡本 覚えていません。

小西 そのアルバムが幻となったのは、プレス直後にURCが活動を停止したためだと思うのですが、その前後のことをお話し願えませんか。例えば出版の世界などで良くみられる事例としては、本が刷り上がってその直後に出版社が倒産して、その本は債権者に差し押さえられて、ゾッキ本となって古書市場に流通してしまった、というような感じです。著者が噂を聞きつけて出版社に行くと立入禁止になっていたとか、もぬけの殼だったとか、そういうイメージがわいてしまうのです。「絆」のときはどんな感じだったのでしょうか。

岡本 それに関しては一切ノータッチでした。ただ少額ながら出演料は貰いました。フランス人のリコーダー奏者ロバン・トローマン氏の往復旅費は秦さんが支払ってくれました。

小西 それから、これはインターネットで「文化ジャーナル」前号をお読みになった大阪府高槻市の貴島公さんから「いぬん堂の掲示板」を通じていただいた非常に重要なご指摘なのですが、セカンド・アルバム「ダンスリー」 (日本コロムビア YF-7016-ND 1981年5月)の解説で、三橋一夫氏が次のようにお書きになっているのです。

・・・・・【正確にいえば、今度のアルバムはダンスリーのデビュー・アルバムではない。今を去ること9年前、岡林信康をはじめとする関西フォークのかずかずのレコードを世に送ったURCレコードから、れっきとした“ダンスリー・ルネッサンス合奏団”の2枚組が出ていたのである。

しかし、そんなアルバムが出ていたことは、クラシック音楽の評論家と海外のダンスリー・ファン(数回のヨーロッパ演奏旅行で200セット400枚のLPは売りつくしたという)を除いては、知っている人は少ない。】

(解説「ダンスリーの人々はまごうことなく20世紀を生きている」から転載。表記は原文のまま)

「絆」をフランス公演に持参して販売したというご記憶はありませんか。

岡本 よく売れたという強い記憶があります。レコーディング直後のフランス旅行では30回以上のコンサートを行ないましたから。

小西 岡本さんをはじめ、メンバーのお手元には「絆」はありますか。

岡本 あります。私の手元には3組あります。

小西 これも貴島さんからのご質問なのですが、ロック・バンドの千年コメッツとの共演やCMでの音楽などへの取り組みをされていましたが、その頃のことについて。それはコロムビア側からの要請だったのですか。振り返ってご感想などありましたらお聞かせください。

岡本 CBSソニーからの要請です。コロムビアに関しては私たちは原盤権を売っていたので、何も分かりません。

小西 「絆」がもしも、復刻再発されることになれば、それは大きなニュースです。どんな形でも良いので、実現を祈ってやみません。

それから、ダンスリー・ルネサンス合奏団の新しいCDはもう7年ぐらい出ていません。私は、どしどし新譜を出していただき、品切れになっているミサワの物などもどこかのレーベルから出していただきたいと考えています。待ち望んでいるファンはいるのです。それもロックの分野などにかなりいるのです。今後のCD発売などのご予定をお聞かせください。

岡本 ミサワのCDは、組み直してダンスリー版で制作する予定です。新しいCDは作りたい要望はあるのですが。もしも可能性があったら、ぜひご紹介下さい。今なら、とても高いレベルのものが作れる自信はあるのですが・・・・。

小西 今日はどうもありがとうございました。

【一部敬称略 ファクシミリ取材 2002・3・22~27 採録文責:小西昌幸】

岡本一郎(おかもと・いちろう) 1935年大阪生まれ。リュート奏者、ギタリスト。1972年ダンスリー・ルネサンス合奏団創立。中世・ルネサンス期の音楽を中心に演奏活動。ダンスリーは北島町創世ホールで97年と02年に演奏、好評を博した。同志社女子大学、相愛大学非常勤講師。兵庫県西宮市在住。

ジャケット写真

上掲載写真は、ダンスリーが日本コロムビアから出した3枚のLP

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