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文化ジャーナル(平成17年9月号)

文化ジャーナル9月号

注目!神奈川県二宮町で《柴野拓美氏と『宇宙塵』展》開催

星新一、小松左京、光瀬龍、矢野徹、眉村卓、筒井康隆、平井和正、広瀬正、夢枕獏、長谷邦夫等が参加執筆し、購読会員に手塚治虫や紀田順一郎や石ノ森章太郎がいた日本最強・奇跡のようなSF同人誌『宇宙塵(うちゅうじん)』。

創世ホールが、同誌代表の柴野拓美さん(ペンネーム小隅黎)の講演会を1999年10月17日に開き、大反響を巻き起こしたことはご承知のとおりである(雑誌『プレジデント』石井伸介副編集長も来場され、後に同社ホームページで紹介。当該ルポ「徳島の小西さんのこと」は今もネット上で読める)。その柴野さんの居住されている神奈川県二宮町で、柴野さんと『宇宙塵』の業績を顕彰する資料展示会、横田順彌氏による講演会が開かれる。これは要注目だ。関東方面の方々はぜひ体験していただきたい。概要は次のとおり。


展示会【小隅黎(柴野拓美)氏と『宇宙塵』~日本SFの軌跡】

日時:2005年9月13日(火)~19日(月・祝)9時半~17時
会場:二宮町生涯学習センター「ラディアン」展示ギャラリー
神奈川県中郡二宮町二宮1240ー10 ?0463・72・6911

二宮町在住のSF作家・評論家・翻訳家である柴野拓美氏の業績や、SF同人誌『宇宙塵』、日本SF小説の歴史や文化に関する資料を展示する。二宮町ラディアンは図書館やギャラリー、多目的ホールを備えた複合文化施設。 横田順彌氏講演会

【『宇宙塵』の軌跡~日本SFと柴野拓美氏】

日時:9月18日(日)14時~16時
会場:二宮町「ラディアン」ミーティング・ルーム2
講師:横田順彌氏(SF作家、明治文化史研究家)
定員:80名 参加無料だが事前申し込みが必要。二宮町図書館カウンターか電話で受け付け(二宮町図書館Tel0463・72・6913)。定員になり次第終了。
主催:二宮町図書館(Tel0463・72・6913)

SF作家・横田順彌氏を講師に、柴野さんの業績や日本SFの歴史、SFの面白さについて語っていただく。


講演会申し込みは8月25日現在で約40名とのことだった。

私(小西)は常日頃痛感しているのだが、この種の催しはもっともっと公立施設で企画開催されてよいと思う。ユニークといわれる創世ホールの講演会でお招きした歴代講師の方々は、すべて関東方面の人だった。きちんと宣伝すれば熱心な人は遠く離れていても来るのだから、地元(関東)の企画担当者は、漫画家の長谷邦夫さんや特撮研究家の竹内博さんや推理小説研究家の山前譲さんたちをどんどん招き、熱い催しをやればよいのだ。文化を活性化させたり、情報発信するというのはそういうことだと私は思う。 橋本哲男 編著『海野十三敗戦日記』

徳島出身のSF作家・海野十三(うんの・じゅうざ)の文庫本は、この数年中公文庫が頑張って7月に刊行してくれている。『赤道南下』『海野十三戦争小説傑作集』に続き今年『海野十三敗戦日記』が登場した。元版は講談社から1971年に刊行された。毎日新聞記者だった橋本哲男さんの編著で、橋本さんは長文の「愛と悲しみの祖国に」を書いている。講談社の担当は後に講談社文庫大衆文学館を手がける白川充さんだった。以前から池田憲章氏と「どこかの出版社が『海野十三敗戦日記』を文庫化すればいいのに」と話し合ってきたので今回の刊行を心から嬉しく思う。元版が出て約20年後、三一書房版『海野十三全集』の際に新発見された3冊目の日記が収録されていないのは残念だが、これは講談社版の復刻なので、まあやむを得ないところだろう。その辺は、長山靖生氏が誠に行き届いた文庫解説でフォローし、同時に2代目の海野十三碑についても触れてくださったのでよかったと思う。

『海野十三敗戦日記』中公文庫、2005年7月25日発行。文庫判・224頁。本体743円+税。

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南陀楼綾繁『チェコのマッチラベル』

南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)氏は、本名河上進。かつてゆまに書房で雑誌集成『宮武外骨此中にあり』の編集実務(復刻版下制作)をした人だ。2005年6月まで『本とコンピュータ』の編集部にいたが、同誌が8年間の刊行予定期間を終了したので、現在はフリーの編集者として活躍されている。単独の著作『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)は以前、「文化ジャーナル」でご紹介したこともある。本書は、南陀楼(河上)氏編集による、珍しいチェコのマッチラベル図版集。2001年6月に氏がチェコに旅行した際、同国のマッチラベル収集家(故人)のコレクションを、ひょんな偶然から譲り受けたことから企画されたという。ロシアの構成主義の影響もみられ、非常に面白くて頁をめくっていて飽きない。欧文組版に関心ある人にも刺激的な本なのではないだろうか。

『チェコのマッチレベル』ピエ・ブックス、2005年7月5日発行。A5判・192頁。本体2200円+税。 紀田順一郎さんの講演会に 結集を

創世ホール講演会は本年度(2005年度=平成17年度)で10周年を迎える。いつものように講師選定に七転八倒した末に、紀田順一郎先生をお招きしようと考えた。紀田先生は、ご承知のように、当館の記念すべき第1回の講演会(演題「書物と人生 辞典づくりに賭けた人々」、1996年3月17日=1995年度)で講師を務めてくださった人だ。2度同じ講師先生を招くのは、当館にとっては異例だが、私はどうしてもやらねばならないと決意したのだ。

紀田先生との大切な思い出はいくつかあるが、ここでは第1回講演会のときのあるエピソードをどうしても紹介しておきたい。

講演会「書物と人生」では、『幕末軍艦咸臨(かんりん)丸』を自費出版した在野の研究者・文倉平次郎のことが4番目、最後に紹介された。文倉は疎開先で78歳で他界した。目的地(疎開先の長浜市)に行く途中で列車が7キロも手前(米原駅)で空襲のため止まってしまう。文倉が荷物を軽くするために大切にしていたドイツ語の本を、1冊捨てまた1冊捨てて夜道を行く悽愴な情景は、本当に胸かきむしられた(彼は1週間後に不帰の客となる)。

そしてもう1つ、文倉の4女マリ(黒瀬マリ)さんのエピソードも忘れられない。講演はその逸話で締めくくられたのだった。マリさんは1980年1月5日に亡くなるが、絵が好きで数か月間の闘病中にも絵を描いた。家族は、それを画集として少部数自費出版しようと思いつく。体力が衰える中どうしても描けなかった最後の1枚も完成し、画集は大急ぎで印刷された。病院に10部だけ届けられたその画集『小さなスケッチ』を、マリさんはしかしその時、自分で手にとる力もなかった。家族が画集をめくってゆき、それをみて「私にもやっと一つ残すものができました」と彼女はいった。「それは文倉平次郎がライフワークの見本刷を手にしたときと、まったく同じ気持であったろう。/正月五日、彼女は逝った。」と紀田さんは『生涯を賭けた一冊』で書いている。娘たちは執筆や調べものをする父の姿は覚えているが一般家庭のように遊んでもらった記憶があまりない。自分が余命幾許もないときに、マリさんは画集を出版することで亡き父と心を通わせたのだと、私は思う。

96年3月の講演会は、約百枚のスライドをホリゾント幕に先生自ら投影しながら行なわれた(舞台演壇から遠隔操作できるように長い延長コードを館側で用意した)。事前打ち合わせで、紀田先生は「ラストにこの絵を30秒ほど映写して余韻を残して終わりたいので、すぐに客席の照明はつけないで欲しい」という趣旨のことをおっしゃった。その絵こそ文倉平次郎の4女・黒瀬マリさんの画集の中の1枚であり、彼女が病室からみた落日の風景画なのだった。講演のラストは、全くの無音状態で、まるで映画のエンディングのように深い余韻をもって終わったのだった。泣いた人が何人もいたはずだ。

10月30日の講演会では、幻想文学紹介に情熱を注いだ紀田先生をはじめとする開拓者たちの熱い青春が語られる。既に電話や電子書簡で打ち合わせがかなり進んでいる。貴重な機会だ。万難を排して総結集していただきたい。

(2005年8月31日脱稿 敬称一部略 文責=北島町創世ホール企画広報担当 小西昌幸)

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