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文化ジャーナル(平成20年6月号)

文化ジャーナル6月号

制作現場の熱気を伝えたい(前編)

『マンガ編集者狂笑録』著者長谷邦夫氏に聞く

長谷邦夫●ながたに・くにおマンガ家、大学講師(マンガ論)、栃木県在住

小西昌幸★創世ホール企画広報担当

小西★このたび水声社から長谷邦夫(ながたに・くにお)先生の実名小説『マンガ編集者狂笑録』が刊行されました(2008年5月15日、本体2800円)。同書は、マンガ編集者にスポットを当てた大変面白い内容で、とても刺激的でした。今日はその本についての電子書簡インタビューをお願いしたいと思います。先生、よろしくお願いいたします。まず、本書執筆のいきさつについてお話し下さい。以前、ご自身のインターネット日記で、専門学校の小説コースの授業をお持ちであって、その実践で自分でも書いているという趣旨のことをおっしゃっていましたね。

長谷●はい。文芸演習をやっています。たとえば《三人の男性ABCの性格を書き分ける》といった課題で書いてもらっています。でも、自分は小説家ではありませんよね。学生に対してリアルな説得力がない。で、そうだ、このチャンスに《十人の性格を書き分けてみるか!》と思った。それには、ぼくが一番知っているマンガ家とかマンガ編集者を書いてみるのが、分かりやすいかな、そう考えたんです。

小西★私は、長谷先生にもおこしいただいた創世ホール講演会シリーズで、1997年に筑摩書房の松田哲夫さんをお招きして編集をテーマに話していただいたことがあります。松田さんには宮武外骨、長井勝一、赤瀬川原平という大御所3人を取り上げていただいたのです。そんな私には、この先生の作品集は直球ド真ん中のテーマでして、興奮しながら拝読しました。

長谷●そうでしたね。日本の出版界では、編集者は黒子だという考えが中心でした。でも、マンガ雑誌では赤塚不二夫のおかげで〈デカ鼻〉武居記者が、マンガ作品の重要キャラクターとして、一気に有名になった。読者にとっては、黒子ではなくてもいいよというムードが生まれたと思います。ですから、ぼくが文字で書いても、大丈夫だろうとね。読者も編集者の情報を欲しているはずだということです。

小西★第1話は青林堂~『月刊漫画ガロ』の長井勝一さんと白土三平さんの友情が描かれていますね。『忍者武芸帖』のラスト、我々は遠くから来た、そして遠くまでゆくのだというモノローグに対して、吉本隆明の詩を対置させる会話を挿入されていました。現代詩を長くやって来られた長谷先生の面目躍如たるものがあると感じました。

長谷●有名なフレーズですね。その言葉がどこから出て来たか?

ブログ「漫棚通信」さんが、その論考をお書きになったときに、ぼくもコメントしました。ぼくは掲示板「新俳句航海日誌」(清水昶)にも書き込んでみたのですが、そうしましたら吉本隆明の作品にもあると、教えてくれた方があったりもしたんです。ラストの長崎尚志の巻には、同人詩誌『gui(ギ)』に、ぼくがかつて発表した現代詩の一部が、ちょっと形を変えて引用もされています。

小西★第3話では川崎のぼるさんを見出した松坂邦義さんが、大変なご苦労をされて川崎さんを世に送り出そうとする逸話が登場します。凄まじい貧乏とエネルギーで、感銘を受けました。この方はその後、どういう人生を歩まれたのでしょうか。とても気になりました。

長谷●松坂さんは、後に有名になった川崎さんのマネージャー役もやられた時期があるようです。しかし、彼については、全く知らないのです。季刊『貸本マンガ史研究』(貸本マンガ史研究会)に掲載されていた比較的短いインタビューが面白かったので、小説にしたんです。ですから、この作品はフィクション度が一番高いといっていいと思います。水声社社長の鈴木氏も面白いと、おっしゃっていました。

小西★第4話、丸山昭さんの巻では、手塚治虫さんが姿をくらますときのとんでもないエピソードが出て来ます。これはもう、知恵比べですね。

長谷●丸さん(丸山昭さん)と手塚先生の関係は、『トキワ荘実録』(丸山昭・小学館文庫)にくわしいので、それをただ参考にした小説では面白くないと考えました。で、いろいろ苦しんで書いたというか、実は楽しんでフィクション部分をたくさん書いています。でも、先生の逃亡譚は、事実に基づいています。丸さんは、講談社の絵画通信教育「フェーマス・スクールズ」の創立での活躍もあります。ここで、彼とぼくは「マンガ教育」のためのテキスト編集もやっているんですよ。

小西★丸山さんは結婚式前夜も、手塚先生の原稿を取るために徹夜体制を組むんですね。原稿を早朝受け取って印刷所に放り込み、そして結婚式場に向かうわけです。実に凄い。マンガ家も編集者も命を削っていますね。

長谷●ほんとですね。現在のメジャー出版社では、まずありえませんよ。もう数十年前から、ヒラの編集者の結婚披露宴に、小学館の社長さんが臨席していましたもの。過酷編集作業は良くないかも知れませんが、そうした命がけが、作品のインパクトや感動になっていた面もある!とぼくは思います。

小西★そして十代の長谷さん・石森(石ノ森)章太郎さん・赤塚不二夫さんが初めて手塚先生に会って激励される有名なシーンも登場します。

長谷●これは『漫画に愛を叫んだ男たち』(長谷邦夫・清流出版)にもあると思いますが、何度書いても、ぼくにとっては〈新鮮な印象〉なんですね。あのときは、ぼくと石ノ森は高校生で、マンガ編集者のご苦労なんか、全く知らなかった。丸さんには、大変なご迷惑をお掛けしていたわけです。彼は、ぼくら三人を蹴り飛ばしたかったと思いますね。その日が最初で、現在もおつき合いが続いているなんて、奇跡みたいです。感謝感謝!!です。

小西★何度読んでも胸が熱くなる良い情景だと思います。

 

第5話、壁村耐三さんの部分は、すでに他界された壁村さんがあの世から往時を回想するという構造で、モノローグ形式で描かれています。この作品集は、小説技法としてもバラエティに富んでいますね。主人公によってその描き方を変えていて面白いのですが、壁村さんのことはモノローグで描こうというようなことは、すぐ思いつかれましたか。

長谷●ええ。壁ちゃんの性格表現をどうするか?と考えたときに、すぐ、こうしようと思いました。彼はお酒が入ってないときは、非常に口数が少なかったんです。ですから、作品ではばんばんしゃべってもらうことにしました。それぞれの作品ごとに、こうした趣向をこらすことでも、読者諸兄に楽しんでいただこうということです。

小西★壁村さんは『少年チャンピオン』で「ブラックジャック」を手塚さんに描かせる訳ですね。そして山上たつひこさんの「がきデカ」。壁村さんは大酒呑みで破天荒な豪傑、無頼派と呼ぶにふさわしい方ですね。

長谷●まさに無頼ですね。後年、新宿の酒場で偶然、隣り合わせたことがあったんです。ぼくは「壁ちゃん、あんたも手塚さんでは苦労したけれど、ブラックジャックを最後に描いてくれて、秋田書店にも大きな貢献をしたし、これで先生にはもう文句はないでしょ」って言ったんですよ。そうしたらね、「バッカ野郎!ブラックジャックくらいで許せるもんか!いいか、おれはな、編集辞めるときにはな、手塚の右腕一本折って辞めるぞっ!」と言うんです。「や、や、やめなよ、壁ちゃん!!」、思わず、そう叫んでしまった…。いやはや、コワイ壁ちゃんでした。(次号に続く)

(2008年5月25日電子書簡にて取材/文中一部敬称略/文責=創世ホール・小西昌幸)

マンガ編集者狂笑録の表紙

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