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文化ジャーナル(平成20年12月号)

文化ジャーナル12月号

大伴昌司氏ご母堂・四至本アイさんに聞く(4)

★四至本アイ(ししもと・あい 大伴昌司氏ご母堂)

▼池田憲章(いけだ・のりあき SF特撮研究家)

●小西昌幸(創世ホール)

四至本★なんかもう、うちの(大伴昌司)は、めちゃくちゃ変わってたんですから。それはね、メキシコに居たときに年中パーティでしょ。それで当時の女中さんの部屋っていうのは庭の中に建ててあってそこに住んでいるの。夜は女中さんは家に入れないの。だから(大伴は)一人でしょ。一人で小さいときから置かれていたから。だから自立心が出来たんですよ。私はそう思いますよ。一人で出来ちゃうわ、それじゃあ。だから子どもの頃から暗い所も怖がらなかったわね。少し出来過ぎちゃってたくらいね。

小西●コカ・コーラがとてもお好きだったそうですね。

四至本★ええ。メキシコでコカ・コーラを飲んでいたから。

池田▼コカ・コーラは日本では戦後ですものねえ。

小西●大伴さんは小さい頃から喘息の気があったのでしょうか?

四至本★いいえ。そうじゃないですよ、別に。大人になってから。

小西●やっぱり根をつめたお仕事がお身体にこたえていたのではないでしょうかねえ。『少年マガジン』の巻頭大図解なんてあんな高密度の仕事を毎週やられて、他にも怪獣図鑑やらSFマガジンの原稿やら、たくさんのことを手がけておられたんですから。業績はずいぶん幅が広いと思います。

四至本★よその子よりも経験が多いのね。

小西●紀田順一郎先生は大学時代から大伴昌司さんのお友達でしたから、おうちに来られていたようですね。

四至本★ええ。佐藤さんね。桂(千穂)さんも来てたみたいね。

小西●昔の写真をみると紀田さんは本当にスマートで男前ですね。

四至本★すごく美男子でしたよ。

池田▼まさに慶応ボーイですよね。

小西●2005年10月に私の職場、北島町立図書館・創世ホールで紀田順一郎先生の講演会「幻想書林に分け入って」を開催しました。素晴らしい講演で、その中で先生は親友の大伴昌司さんのことを真情こめて語っておられました。その模様は北島町内のケーブルテレビで録画放映されましたので、そのビデオ・テープを四至本さんに差し上げようと考えて、私はお電話をしたのですが、「うちにはビデオを見る機械(ビデオ・デッキ)がない」と。

四至本★そうですよ。

小西●そういわれて、私は驚いたのです。事情を伺うと、昔、大伴昌司さんを特集したNHK教育テレビの「少年誌ブームを作った男」が放送されたときにビデオ・デッキを買って一応見たけど、自分の姿を見るのが恥ずかしいから、ゴミに出して捨てたということでした。私は、ひっくり返りました。

四至本★そうなんです。1回見たら、もう見てられない。

池田▼アリャリャ。

四至本★だから今度もNHKの番組取材があったでしょ。あの時も私を番組に出すって言うから「私を出すなら、もう全部やめてください」って。いやですよ。老醜を全国にさらしたくありません。

小西●それでは今でもビデオ・デッキはご自宅にはないのですか。

四至本★ええ。捨てちゃいましたから。いやですよ、もう。婆が、しわくちゃのが、出てしゃべるなんて。

小西●アイさんはチャーミングでとても素敵なおばあちゃんですよ。竹内博さんの講演会の際に、アイさんが北島町立図書館にご寄贈下さった大伴さんの貴重な遺品の一部は、今も当館のガラス・ケースに入れて展示させていただいております。「ウルトラマン」の撮影台本などを並べています。新聞記事にもなりました。

四至本★ありがとうございます。

小西●最近、京都大学の博物館にも遺品を寄贈されましたね。展覧会もあり、私は妻と徳島から見に行きました。

四至本★遺品を全部寄贈しています。だから、遺品を借りるときは京大の博物館に連絡していただくようになっています。ルクセンブルグでも大伴の展示がありましたよ。この家にルクセンブルグの人が来ましたもの。ルクセンブルグの王宮博物館で半年間あったの。それで来られた方が「これは現代日本の代表作だ」とか「海外では芸術作品になってます」って、いってました。だから日本の見方と違うのね。

池田▼僕が大伴さんにお会いしたのは17のときでした。2回お会いしているんですが、高校生に対しても全然見下した話し方はなさらない人でした。大人の人でもこういう人がいるんだなと本当に思いました。

四至本★家では親の言うことを絶対きかなかったんですから。池田さんはとっても才能がおありになるんだから。

小西●もっと池田さんに仕事をさせないといけませんね。

四至本★そうですよ。

池田▼筒井康隆さんは大伴さんに励まされたって書いていましたね。

四至本★二人は仲が良かったみたいね。

池田▼筒井さんはデザインの世界のご出身だから、そんな点からも

波長が合ったのかも

知れませんね。

小西●これは思い出すとつらいことかも知れませんが、大伴さんは日本推理作家協会の新年会の時にお亡くなりになったんですね。

四至本★ええ。

小西●そのときの第一報は警察からの電話だったのですか?

四至本★いえ、直接警察の人が来られました。番地で調べてたずねてきたんじゃないですか。

小西●大変驚かれて、悲しかったでしょうねえ。

四至本★ええ。でもね、皆さんそうおっしゃいますけど全然大丈夫でした。普段から何かあると「自分は四十前までしか生きられない」と言っていましたし、こんなことも話していました。「少年マガジンの仕事などをしていると、ヘリコプターに乗ることもあるので、取材中に事故に遭うかもしれないが、そんなときに死体に取りすがって泣くようなみっともないことはしないでくれ」と言われていました。だから全然涙も出ませんでした。そのためにねえ、本当の子どもかしらっていう噂が立っちゃいました。

小西●俺が死んでも泣いてくれるなと、日頃から子どもが親に説教していたんですねえ。

四至本★ええ。いつも言っていました。万一そういう事故があっても、みっともない姿を見せないでって言われた。

小西●アイさんは、現在特にお身体の悪いところはないですか?

四至本★いいえ。40年来の不整脈です。それに高血圧のお薬も飲んでいます。今のところ2つです。

小西●いつもお電話口で、言葉遣いもはっきりしておられるのでびっくりしています。それにていねいな直筆のお手紙をいただきましてね、恐縮しています。私は四至本さんと交流することが出来て大変良かったと思っております。

四至本★私も徳島の方とね、こんな立派な方とお近づきになれてありがたく思ってますのよ。自慢ですよ。

小西●いえいえ。鳴門金時(サツマイモ)がお好きだそうですからまた送らせていただきますので。

四至本★東京にいらしてお暇でしたら、いつでもご連絡ください。

小西●はい。今日は長時間本当にありがとうございました。(了)

【一部敬称略/収録:2008年6月13日、ホテルパシフィック東京/採録文責:小西昌幸】

四至本アイさん

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