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文化ジャーナル(平成21年2月号)

文化ジャーナル2月号

2・22松居竜五氏講演会 「南方熊楠の世界」に結集を

2009年2月22日(日)午後2時半からから開く松居竜五(まつい・りゅうご)氏講演会「古今東西の知識の森へ~南方熊楠(みなかた・くまぐす)の世界」には、岡山県倉敷市、香川、京都などからの参加情報が寄せられている。前号で講演会への思い入れなどを書いたので今号では、講師の松居さんの著作をご紹介してみようと思う。ここで取り上げた3点の本は、講演会場ロビーでも販売することになっている。


松居竜五『南方熊楠 一切智の夢』(朝日新聞社朝日選書、1991年7月25日第1刷、本体1100円)

本書は、松居竜五氏27歳のときの著作である。「あとがき」によると、本書の原型は、1989年12月に東京大学大学院(総合文化研究科比較文学比較文化)に提出された同名の修士論文で、それに大幅改稿と加筆をほどこし、この本は二倍近い量になったとある。氏は、二十代の日々の多くの時間とエネルギーを注いでこの本を書き上げたのだ。

熊楠は1911年10月25日付け柳田國男宛書簡で、ライプニッツについて「ドクター・ユニヴァーサル(一切智)といわれし」と記した。「一切智」とは、仏教用語で「全てを知る人」の意である。熊楠はライプニッツに親近感を抱き、彼を称えて先のように表現したのである。そしてこの書簡の翌年、熊楠は地方紙の連載原稿の末尾に「大東一切智 南方熊楠」と署名している。つまり熊楠は、自らを「東洋の一切智」と称したのである。これが本書のタイトルの由来になっている。

「あとがき」によれば、松居氏は東京から普通列車を乗り継いで和歌山県田辺市の南方邸を訪れ、書庫を見学した際にすっかり魅入られてしまい一晩をそこで過ごしてしまったということだ。そして書庫で夜明かしした翌朝、南方文枝さんが朝食を出してくださったことへの感謝の言葉も綴られている。文枝さんは、若い東大の学生さんが徹夜で夢中になって父の遺した資料を調べる姿がきっと嬉しかったのであろう。

松居氏は『南方熊楠 一切智の夢』で、熊楠の足跡をたどりながら、年譜や日記と合わせてその時期時期の主要論文、書簡、抜書き帳などにきちんと目を通すという方法を用いておられる。熊楠の評伝は今日、人物研究、小説、マンガなど様々な形式で多く出版されているが、熊楠の論文に目を通しその背景を読み下し、彼の思索と行動をたどることは並みの人間には出来るものではない。

そもそも熊楠は40歳頃までは英語による論文しか発表していなかったので、当然英語力がなければ正面から向き合えるものではない。松居氏は、熊楠が英国の科学雑誌『ネイチャー』に発表した処女論文「極東の星座構成」を訳出し、丹念に読み解いて分析してゆく。またその後の発表論文や論争についても、極めて精緻に紹介しており熊楠の学問的業績を立体的に浮かび上がらせることに成功している。特に熊楠がオランダの東洋学者グスタフ・シュレーゲルと行なった論争(熊楠が全面勝利し詫び状が届く)の経緯を克明にたどっていて、大変有益である。松居氏は、単なる熊楠礼賛などに決して終始することなく、当時の学問的な背景にも広く目配りし、遠い地平を見据えている。二十代の松居氏は自分達の課題として、南方熊楠の学問の可能性を目指さねばならないという決意を込めていたのだと思う。今日彼が、南方熊楠研究のけん引役(トップランナーの一人)となっていることは、本書の元になった修士論文執筆から20年という歳月の中、志を曲げることなく、学問的鍛錬を積み重ねた結果に他ならないといえるだろう。

私(小西)にとって、本書の白眉は、帰国後の南方熊楠を論じた文章中の次の部分である。謹んで引用する。 【(略)こうした南方の活動は、世界の学者の目を田辺という小さな町に惹き付けてもいた。南方の論文、書簡に呼応して、イギリスは言うに及ばず、イタリアから、フランスから、インドから、この町に隠棲する南方に向かって数百通の書簡が送られ続けていた。そして今日、我々は南方邸の書庫に残されたそれらの書簡が、みな一様に“Tanabe,Kii,Japan”と宛名書きされているのを見ることができる。それは、田辺から世界を見つめていた一人の巨人の存在を、何よりも証してくれているように私には思われるのである。/日本国、紀伊、田辺町。(略)かつて、海を越えた世界中の各地で、南方熊楠の名とともにこの町のことを胸に刻んでいた学者が少なくなかったという事実を、我々は記憶しておいても良いのではないだろうか。】(『南方熊楠 一切智の夢』199‐200頁)

私は、和歌山とはあまり縁のある人間ではないが、上のくだりを読んでいて、不覚にも落涙したことを正直に告白しておこう。没後50年の時空を経て、巨人・南方熊楠の学問の魂が若い学者(松居竜五さん)に引き継がれたと考えるのは私だけではあるまい。 松居竜五・岩崎仁編『南方熊楠の森』(方丈堂出版、2005年12月20日、本体2858円、CD-ROM付)

本書の帯に次の文章が記載されている。《熊楠がアメリカから英国へ旅し、辿り着いた熊野の森で生み出した世界観「南方マンダラ」。その形成の背景となった那智時代と神社合祀反対運動に奔走した田辺初期に焦点を当て、新しい視覚からの論考と豊富な図版資料で、未完の巨人・南方熊楠の実像を読み解く。南方マンダラの原点ともいえる「絵曼陀羅」を含む新発見の盟友・土宜法龍(どぎ・ほうりゅう)宛書簡、データベースと映像資料のCD‐ROMも収録》。

上に引用した帯の文章にあるとおり、本書は熊楠と彼の故郷・和歌山にスポットを当てて編まれた書物である。「熊野と熊楠」、「南方熊楠と熊野古道」、「南方熊楠ゆかりの地」、「南方熊楠とキノコ」、「変形菌研究と南方熊楠」、「南方熊楠と蘚苔(せんたい)類」、「藻類調査の光と影」、「博物学と南方熊楠」、「土宜法龍と南方熊楠」、「南方マンダラの形成」、「土宜法龍宛新書簡の発見と翻刻の解説」、「デジタル熊楠の壺」などの章を松居氏をはじめとする気鋭の研究者たちが執筆している。

本書で特筆すべきは付録のCD‐ROMである。熊楠が暮らし、標本採集のために歩いた熊野古道、田辺、神島等の風景、熊楠邸の標本の画像等など、貴重な映像資料が満載。つぶさにチェックするだけで何週間もかかるだろう。否、熊楠の日記や書簡も収録されているので、その意味や背景まで探求するならば、当該CD‐ROMは生涯かけて読み解くべき超ド級資料集といわなければならないだろう。

このたびの北島町創世ホールの松居氏講演会には、本書の版元である方丈堂出版の社長さんが、京都から車を運転して駆けつけてくださる予定になっている。お目にかかれるのが本当に楽しみだ。 松居竜五著、ワタリウム美術館編『クマグスの森 南方熊楠の見た宇宙』(新潮社とんぼの本、2007年11月20日、本体1500円)

奥付に次の文言が記載されている。《本書は、2007年10月7日(日)~2008年2月3日(日)、ワタリウム美術館において開催の展覧会「クマグスの森 南方熊楠の見た夢」を記念して出版された。》

南方熊楠の学問的業績とその生涯を、貴重で豊富なカラー写真・図版を配置して紹介してゆく。優れた熊楠入門書。各項目を拾って書き出してみるならば、《博物学への関心》、《海外への目》、《アメリカ》、《フロリダ、キューバ》、《ロンドン》、《中央アジアへの夢》、《那智》、《田辺》、《粘菌》、《きのこ》、《夢への関心》、《民俗学への関心》、《南方マンダラ》などなど、どこを切り取っても南方ワールドが全面展開されている。松居氏の文章は平易でありながら、限られた紙幅の中、実に手際よく熊楠の足跡をたどっている。南方文枝さんのインタヴュー再録や町田康のエッセイ、中瀬喜陽氏による熊楠ゆかりの紀州・熊野のガイドも収録されている。 (2009年2月1日脱稿/文中一部敬称略/文責=創世ホール館長・小西昌幸)

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