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文化ジャーナル(平成21年9月号)

文化ジャーナル9月号

『上原正三シナリオ選集』刊行を称える
「M78星雲の島唄‐金城37才・その時‐」をめぐって。

本の表紙

日本を代表する特撮ドラマの脚本家・上原正三氏の待ちに待った集大成作品集『上原正三シナリオ選集』(現代書館、2009年8月15日、本体5200円)が刊行された。A5判・二段組・742頁、収録作品50編という手応え充分、超ド級の立派な本である。類書に佐々木守『故郷は地球』(三一書房、1995)、市川森一『夢回路』(柿の葉会、1989)があるが、それらと比べてもまったく遜色なし。むしろ上原正三氏ほどの大御所としては、遅すぎた集大成作品集の刊行といわねばなるまい。編纂者の労苦と、版元の英断に心から感謝したい。

本書の掉尾に、映画化されず幻に終わった脚本「M78星雲の島唄‐金城37才・その時‐」が掲載されていた。私は不勉強のため、このような映画が企画にあがって準備段階までいったことをこれまで全く知らなかった。本書の解説では1996年頃に書かれたものだという。私には本作は大きな衝撃だった。この作品は例えて言えば、ATGで企画され実現に至らなかった佐々木守の「元祖ウルトラマン・怪獣聖書」(1982)に匹敵するような、魂をえぐるような力作である。映画化実現に至らなかったとはいえ、良くぞ準備稿まで書かれ、良くぞ単行本収録してくださったものだ。(あとがきによれば単行本実現までには大変な苦労があったとの由)。私にとって本作は、胸に抱きしめ、撫でさすりたいような立派な作品だった。関係各位に深く敬意を表しつつ、本稿でつたない考察を試みたい。

「M78星雲の島唄」は、若くして世を去った円谷プロ文芸企画室の脚本家・金城哲夫への友情に満ちた美しい鎮魂の作品となっている(上原さんは、金城と同郷で一歳年上、円谷プロ文芸企画室の同期である)。知らない人のために、金城の作品と生涯を駆け足で述べる。金城哲夫は沖縄県出身の脚本家・劇作家だった。1938年7月5日に生まれ、1976年2月26日に37歳の若さで死んだ。金城は円谷プロの初期作品(「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」等)のメインライターとして王道路線の作品を多く書いた。いうならば彼は、円谷テレビ作品の屋台骨を支えた脚本家だった。試みに彼の脚本作品を少しあげてみると、「五郎とゴロー」、「宇宙からの贈り物」、「マンモスフラワー」、「SOS富士山」、「クモ男爵」、「ガラダマ」、「ガラモンの逆襲」(以上「ウルトラQ」)、「怪獣無法地帯」、「謎の恐竜基地」、「オイルSOS」、「恐怖のルート87」、「まぼろしの雪山」、「小さな英雄」(以上「ウルトラマン」)、「湖のひみつ」、「ウルトラ警備隊西へ(前・後編)」、「空間X脱出」、「ノンマルトの使者」、「史上最大の侵略(前・後編)」(以上「ウルトラセブン」)などである。金城は、1969年に円谷プロを退社し故郷の沖縄に帰る。地元のテレビやラジオ番組などの仕事をし、沖縄芝居の脚本演出、沖縄海洋博のプロデューサーなどもつとめながら、アルコールに依存してゆき、1976年2月22日泥酔した状態で仕事部屋に入ろうとして転落、4日後の2月26日に逝去した。

金城哲夫の作品は「ウルトラQ」や「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」をまともに見た少年少女たちに深い印象を刻んだ。

「ウルトラQ/五郎とゴロー」は聾唖者の孤独な青年・五郎が主人公だった。青年の飼っていた猿のゴローが特殊な木の実の影響で巨大化してしまう。周囲の人々はゴローに眠り薬を与えて、南の島に輸送する計画を立案、その薬を与える役を五郎青年に依頼するのだが、五郎青年は眠り薬のことを知らされていないのだ。眠り薬入りのミルクを飲んで眠りこけたゴローを見て、青年は死んだと思い込み、声にならない声をあげて泣く。これがラストシーンだった。

「ウルトラマン/恐怖のルート87」ではひき逃げで死んだ少年の魂が高原竜ヒドラとなって自動車を襲う。ラストでウルトラマンは、ヒドラを倒さなかった。ヒドラの首に少年の霊がまたがっていたのだ。飛び去るヒドラを見送りながら科特隊の隊員たちが語る。「シラサギは乙女の化身だという伝説があるが、ヒドラは交通事故で不幸な死を遂げた多くの少年達の化身だったのかも知れない」「ヒドラは子ども達の守り神だったのかもしれませんね。遠い遠い昔から」。

「ウルトラマン/まぼろしの雪山」に登場するウーという怪獣は、幼子を残したまま世を去った母親が、成長した娘を守るために怪獣となって姿を見せたのだった。金城脚本には、このような哀切に満ちた設定がよくあった。

「ウルトラQ」や「ウルトラマン」は、怪獣ドラマや子ども向け作品が決して単純な勧善懲悪構造などではないこと、むしろ時として通俗の一般ドラマなどよりも深い社会性を獲得する場合があることをよく示し、子ども達の魂に刻み付ける役割を担った(もちろん、他の作り手、佐々木守や、上原正三たちの作品も同様である)。

この映画脚本「M78星雲の島唄」で上原正三氏は、金城哲夫氏の苦悩をよく描いている。沖縄の本土復帰を聞き、生まれ故郷に戻った金城。地元マスコミでラジオやテレビの番組を持ち、演劇にも関わり、大活躍の日々を送っているのだが、彼の心にはどこか焦燥がある。金城の本土と沖縄との架け橋になりたいという意欲は空回りしてしまう。沖縄が日本の繁栄のための犠牲になっているという認識を金城氏は深く持っているのだが、沖縄の人からは金城氏は本土に一度身を売った者(ヤマトの回し者)として見られるのだ。板ばさみになった金城は苦悩するが、それは多くの人々には理解されない。それで彼は、ますます酒におぼれるようになる。

そんな金城氏の心の拠り所(最後の場所)は、故郷沖縄の「ウージ(サトウキビ)畑」だった。金城氏は幼い頃、ウージ畑の道を母親と妹の三人で歩いているとき、空爆を受ける。そのとき母親は片足を失ったのだった。防空壕で金城少年が母に「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝るシーンが描かれる。以後、母親は義足をつけて暮らすようになる。少年は自分を責め、深く傷つく。ウージ畑での体験は、自分は母親を守れなかったという自責の念となって、生涯金城氏の心的外傷となったのだ(お袋に借りがある、それを返すために沖縄に帰るのだという趣旨のことを、金城氏は妻に語る)。

アルコールに逃避し、自暴自棄になった金城氏が、ウージ畑で円谷プロ黄金時代の怪獣たちに出会い、大恩人・円谷英二に出会う幻想のシークエンスは、なんとも痛ましく、涙を誘う。

そして、金城氏は自宅離れの仕事部屋に泥酔状態で窓から入ろうとして足を滑らせ、落下する。数日後、彼は帰らぬ人になった。

ラストは泣かせる。横たわる金城の傍らに等身大のウルトラマンが立つ。金城はウルトラマンに、空爆の日(母が足を失った日)から、楽しかったウージ畑はどこにも無くなってしまったと語る。それを聞き、ウルトラマンは「行コウ、M78星雲ヘ」と金城に言う。金城哲夫氏最後の拠点・美しい故郷のウージ畑は、ウルトラマンの住むM78星雲にあるというのだ。このやり取りの後、ウージ畑(サトウキビ畑)の空中で、金城氏がサンシンを弾き、それに合わせてピグモンやウルトラマンやウーが楽しそうに踊るシーンがある。ウージ畑は浮上し、金城の家族たちの頭上を通過し、ネオンの街を通過し、米軍飛行場の上を通過し、宇宙に消えてゆく——。—全編完結—。

もはや付け加える言葉は何もない。私は、この原稿を何度も鼻をかみながら書いた。上原正三氏と金城哲夫氏の、誇り高い志と、海よりも深い友情に心から敬意を表して、本稿を終えたい。上原正三先生、すばらしい作品をありがとうございました。

(2009・09・01脱稿/文中一部敬称略/文責=創世ホール館長・小西昌幸)

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