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文化ジャーナル(平成21年12月号)

文化ジャーナル12月号

『マンガ家夢十夜』をめぐって
長谷邦夫先生に聞く(下)
長谷邦夫★ながたに・くにお マンガ家、大学講師(マンガ論)、栃木県在住
小西昌幸●創世ホール企画広報担当

本の表紙

小西●お世話になっております。長谷邦夫先生待望の新作小説『マンガ家夢十夜』(水声社、2009年11月10日、本体2500円)が刊行されました。「創世ホール通信/文化ジャーナル」では、この数年、先生の単行本が出るたびに、その執筆動機や作品背景などをお聞きしてきました。それで、今回も電子書簡インタビューをお願いしたいと考えました。ご多忙のところ、あつかましいお願いで申し訳ありませんが、ご対応いただけましたら幸いです。前作の書き下ろし小説集『マンガ編集者狂笑録』(水声社、2008年5月18日、本体2800円)はマンガ編集者の方々にスポットを当てたアプローチで興味深かったのですが、今回はマンガ家が見た夢という切り口でお書きになっています。執筆動機と書き始めた時期をお教え下さい。単行本化のいきさつについてもご教示下さい。

長谷★マンガそのものを素材にした小説は、非常に少ないと思います。ぼくが、さまざまな切り口で小説化することで、《マンガ小説》なる新ジャンルが可能ではないか? そんなことを考えたんです。それには本が1冊ではいかにも少ないでしょう。それで、今回はシリアス路線の前著とはがらりと変わったナンセンスと幻想を中心に、短篇を書いてみました。アメコミを素材にした怪奇物とか書かせてもらえるなら、まだプランは色々と考えられるはずです。今回の《夢》は、マンガそのものの根幹にも触れるテーマだったと思います。

小西●あとがきを拝見しますと、2作削られたということですが。

長谷★はい。高野文子さんと岡崎京子さんの夢という、女性作家を核にした作品です。ただ、最近の出版不況のひどさには無関心でいられませんでした。「価格を下げよう!」と、考えたんです。前が2800円でしょ。これを300円下げてみたいと思ったんです。それには少々ページを減らすしかありません。で、思い切って2作を削り、さらに残った作品も一生懸命に短くしたんです。結果は、四百字詰め三百枚前後となり、少し少ない感じになったようです。担当編集氏の提案で、冒頭の1作を新しく書き、あとがき内に古いぼくの「詩」を入れてみました。これで《夢十夜》というタイトルを残すことができたと思います。

小西●冒頭の「時、溶けゆけば 夢の夢」は、版元サイドの要請を受けて追加で書かれたわけですね。このお話は、大変幻想的でミステリアスです。東京駅でフロイト博士と待ち合わせた男がいて、少年探偵団や乱歩の名がやり取りされ、マンガ表現論のような事柄が語られるという複雑な構成です。小説の構成を第三者に説明しようとすると複雑なのですが、夢の中の出来事なので、通常ではありえない組み合わせや会話が成立していて、全く無理なく普通に読めました。しかも自分が登場する夢を、登場人物が話題にするというメタ・フィクション的な展開で、迷宮的な味わいが面白かったです。

長谷★そうでしたか。良かった! 担当氏の依頼は、なぜ《夢小説》を書いたのか、その狙いが分かる感じで書いて欲しい、ということだったんです。担当氏も、これが良く書けていると気に入ってくれました。構成そのものは確かに入り組んでいますが、中身は判ってもらえる! と、読者を信じて書いてみたんですよ。ぼくの作品を読んでくださる方々は、相当にレベルが高い。諸氏に満足していただくことと、不景気な世間の《値下げ》にも対応しようと欲張ってみました。

小西●会話の中に《宇宙友好協会CBA》まで登場しますね。

長谷★そうそう、ぼくがSF同人誌『宇宙塵』に参加して、初めて小説を書いた時代の記憶です。

小西●次が「尿道温泉の夜 つげ義春の夢」です。この章以降は、副題に実在するマンガ家の名前が書かれています。「尿道温泉」とはまた奇抜な名称ですが、私は、「『ねじ式』ぐらいのインパクトあるものを」という意気込みからきたネーミングではないか、と勝手に想像したのですが。

長谷★おっしゃるとおりです。つげさんの夢には性的なイメージがあったでしょう。《性夢》をはずしてしまったら、夢小説らしくない。それで、つげ義春の夢として書いてみました。つげさんらしさが出た! と思うんですが……。

小西●サンショウウオが登場します。それが主人公のつげ義春さんの赤ちゃんで、そのサンショウウオは新聞紙を食べて生きている、だからその土地では新聞紙が良く売れるというような非常に悪夢的で、摩訶不思議な設定です。私は、デヴィッド・リンチ監督の映画「イレイザー・ヘッド」のイメージを連想しながら拝読しました。ラストは主人公がサンショウウオをポケットに入れて、書店をまわりながら、こっそり自分の本を食べさせるんですね。それで印税生活ができるという、ある種とんでもない結末です。

長谷★書いていくうちにそうなってしまった! としか言いようがない……ですね。ぼくに彼がとりついてしまったのかなあ……。海外映画の悪夢も連想していただけたというのは光栄です。夢の正体が、作品ですべて固定してしまってはつまらないと思います。思わずヘンなことを、読者が連想してしまう…といった効果が、ぼくの文章にあったとしたら成功だと思います。

小西●この短篇は、つげさんに新作を書いて欲しいという長谷先生一流のオマージュであると理解しました。

長谷★そうね。昔からそれがあります。彼の「ねじ式」がなけりゃパロディ「ばか式」は生まれなかったんですから。リスペクトする気持ちが強い。

小西●「龍神沼のアリア 石ノ森章太郎の夢」は石ノ森さんへの深い友情が感じ取れる作品です。トキワ荘のマドンナだった石ノ森さんの姉上が登場します。お姉さんは病弱で、若くしてお亡くなりになったんですね。その悲しい思い出に良く向き合った作品だと思いました。姉上は白い龍になって天国に昇って行くわけですね。そして石ノ森さんは懇親の実験マンガ『ジュン』の単行本を姉上に捧げた、というラストの一文に目頭が熱くなりました。

長谷★ほんと、哀しい出来事でした。赤塚・石ノ森と三人だけで、霊安室で過ごした一夜は忘れられません。情感豊かな世界を、見事にマンガ世界に表現しえた石ノ森の心の中には、お姉さんが存在しているんです。間違い無いです。それは一種の恋人と言ってもいいのかも! ぼくは、そう思っているんですね。

小西●お姉さんの恋のことも登場します。この手法ならある程度大胆な解釈も書き込めますね。アイデアの勝利ですね。

長谷★一歩間違えると駄作になりかねませんね。ぼくは小説にはまだまだ未熟な点が多いので、恐れを知らずに書いてしまうことがあると思います。でも、思い切った表現にも飛び込んでみたい! そのせめぎあいが、創作ではあります。うまくいったんでしょうか?

小西●私は成功していると考えます。何しろ涙腺直撃でしたから。次は、「鳥獣偽画 谷岡ヤスジの夢」。「戯画」ではなくて「偽画」なんですね。谷岡ヤスジさんへのオマージュになっているので、構成もけたたましくて破天荒です。前衛詩のようでもあり、俳句がちりばめられていたりと、とてもスピード感溢れる展開です。締め切りから逃れるために、自宅2階の屋根から谷岡さんが脱出したというのは実話なんですね。

長谷★ええ、実話ですね。当時の『漫サン』の編集長さんが、エッセイで書いておられたはずです。谷岡さんはすごくオトコッぽい方で、正義漢でもあったと思います。ぼくは彼とはたった1回しか一緒にお酒を呑んだことがありませんが、すごくそれを感じました。ぼくは、ニーチェの名言集を彼がマンガ化して単行本にしたい! という「編集上の夢」を持っていました。そんなこともあって、小説にもニーチェを出したんです。(次号に続く)

【2009・11・27電子書簡にて取材/文中一部敬称略/文責=創世ホール館長・小西昌幸】

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