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文化ジャーナル(平成22年1月号)

文化ジャーナル1月号

『マンガ家夢十夜』をめぐって
長谷邦夫先生に聞く(下)
長谷邦夫★ながたに・くにお マンガ家、大学講師(マンガ論)、栃木県在住
小西昌幸●創世ホール企画広報担当

本の表紙

小西●そもそもなぜ、長谷先生は谷岡マンガでニーチェのニヒリズムを語らせたいと考えられたのですか?

長谷★ニヒリズムというか、それよりは、言葉のリズムが、谷岡調になったツァラトゥストラをマンガで登場させられたら(!?)と思っていたんです。で、『悲劇の誕生』ならぬ『喜劇の誕生』byニーチェを「本」にしてしまう。そんなムチャクチャな企画を抱いていたのが70年代でした。全く異質なものが、マンガの「コマ」という世界の中でぶつかり合うと、不思議な親和感が生まれるんですよ。

小西●続いて「『もっとおっぱいを!』 赤塚不二夫の夢」。これが最も長文で構成的にも大変な力作です。まず長谷先生がお書きになった幻の赤塚さんの評伝映画のシナリオが散りばめられているのですが、それを書かれたいきさつについて。2008年5月に「文化ジャーナル」で『マンガ編集者狂笑録』の電子書簡インタビューをお願いした際に《映画シナリオの執筆準備を突如やり始めてしまいました》、という趣旨のことをお答えになっておられたのですが、それがこのシナリオだったのでしょうか?

長谷★もちろん、そのときのメモが使われています。しかし、それとは別に赤塚氏が死去した直後、某プロダクションからぼくのところにシナリオが送られてきました。お調子者の赤塚という軽さに設定されていて、担当編集者が若い女性という、実に安易な作品でした。一応、武居記者の文春から出た本からということになっていましたが、あまりにも低俗。そこにぼくも登場していて、おちゃらけたシーンが連続です。その駄作ぶりに、ぼくはミクシィ日記に「これ作るのなら、長谷名を削除して欲しい!」と怒りを表明しちゃったの。そうしたら、マイミクさんの一人かが、「だったら自分で書けば…」って言うんですよ。そうか、よーし書いてやるぞ(!!)、そんな気になったわけですよ。

小西●生命維持装置につながれた赤塚さんが少年時代やトキワ荘時代を回想し、同時に親身になってお世話をしてくれた女性たちとの日々も描かれています。これも夢なので、物語は時空間を自由に往来しています。ラストは長谷さんならではの赤塚さんへの追悼になっています。ユーモラスであり、突き放しているようでもあり、でも海よりも深い友情が、間違いなく流れています。何十年も相棒だった人だからこそ許される描写ではないかと思いました。この作品にも泣かされました。

長谷★ありがとうございます。作品がユーモアタッチのものが多かったので、全体を引き締める効果もある作品になれたかもしれません。すごく親切で外面(そとづら)の良い彼で、多くの人から愛されていた赤塚氏ですが、ぼくは、彼が実は孤独な人物に見えるときが多かった。『少女クラブ』編集者であった丸山昭さんも、講談社の子会社・フェーマススクールズに移られた頃にそうした赤塚氏に出会っているようです。そのあたりまで深く書けると良かったんですが。

小西●もう一点、赤塚さんの夢のエピソードでは寺田ヒロオさんについて書かれた部分が興味深いものでした。寺田さんが深酒をするシーンが登場します。そして大人向けマンガの棚下照生(たなかてるお)さんが寺田さんと大変仲が良かったことが描かれます。ご近所に住んでおられた棚下さんは酒飲みで破天荒、無頼派の典型のような人ですね。他のトキワ荘マンガ家とは全く異質なタイプですが、その人が寺田さんの大切な友人だったというのが面白いですね。これは重要な指摘だと思います。

長谷★これは事実の交友関係です。しかし、そのことが寺田先生の心にどのような影響を与えていたのかは、全く知られていませんし、今となっては《永遠の謎(!)》といっていいように感じられます。自分のマンガ制作を、子どもマンガの商業化に抗して「断筆」したといわれる寺田先生ですよね。では、親友・棚下氏の描いた作品については、どう考えられていたんでしょうか? これが、ぼくには分からない。この部分こそ「小説」で書くしかないな…と思うんです。でも今回の夢シナリオに、一種の隠し味として、誰にも明かしたくない悩みが寺田先生にもあったのかも(!?)、というイメージの断片だけでも書き添えておこうと思ったんでした。

小西●次が「デイ・ドリームまたはなぜ私はトキヨ荘を失ったか 清水玲子の夢」。タイトルからして「博士の異常な愛情」的であり、非常にSF的です。登場人物は、萩尾ポー、竹宮テラ、大島グーという女性マンガ家。《トキワ荘》に対抗して女性マンガ家が集う《トキヨ荘》を作ろうという会話が出てきます。私は偏った読書しかしていないので、清水玲子さんのことは不勉強なのですが、SFをお描きになっている方のようですね。ずばり執筆動機をお聞かせ下さい。

長谷★萩尾先生たちの新人マンガ家時代には、後に《大泉サロン》と呼ばれる少女マンガ家たちにとっての《トキワ荘》的な場所があったと言われております。その場所での実話が『トキワ荘物語』のように、ご本人たちによって描かれたら面白いのに(!)と、ぼくは思ってきました。 そんなムードを、夢ということでぼくが勝手に書くことも可能だと考えましたが、同工異曲ではつまらない。思い切って、清水先生の『秘密』が描く《脳内の画像》という設定みたいなものを借りて書いてみたら(?)と考えました。思いっきりナンセンス風に書きながら『トーマの心臓』の謎について書いてしまうという企みですね。

小西●そして「幻流島へ 井上雅彦の夢」。『バガボンド』の作者である井上氏が、作中人物の宮本武蔵や佐々木小次郎と夢の中で対話をします。物を生み出す者は、基本的に常に血を吐くような孤独と苦しみの中から格闘して作品を創造しているわけで、その意味では剣豪たちの孤独や精神と通じるものがありますね。また単行本第21巻のカバーに作者が蝶を飛ばした動機を議論する部分が重要ですね。

長谷★はい。蝶がなぜ描かれているのか? コマの中には一切描かれていません。この謎について書きたくなったんです。だって夢のシンボルでもあるかのように、蝶は多数の画家によって描かれてきました。『秘密』の単行本カバーにも華麗に描かれているんですよ。古い旺文社文庫の漱石の『夢十夜』のカバーにも、シンプルですが蝶が描かれています。このことがありましたし、ユーモアとしての剣豪の不思議な出会いがパロディを描いてきたぼくの世界として、文字に書けないかという発想なんでした。

小西●「蝶のディズニーランド 手塚治虫の夢」は全て対話形式で書かれています。超多忙だった手塚治虫さんがご覧になった夢は果たしてどのようなものだっただろうかということで、天国の手塚さんに長谷先生が架空インタビューをしているという構図です。石ノ森さんの『ジュン』の評価をめぐる思い出が討議されます。ここがこの章の白眉でしょうか。

長谷★ここでも蝶が主役的な存在になりました。昆虫大好きの手塚先生です。絶対にはずせません。それと『マンガ編集者狂笑録』でも書いた対談形式の小説を入れることで、マンガ家小説シリーズとしての痕跡を残しておきたかった。『ジュン』の『COM』における石ノ森氏の執筆拒否事件は、マニアには知られています。ポストモダン的に今こそ読み直すことが必要だというのは、ぼくのメッセージですね。

小西●最後の短編「ZZZ… 杉浦茂の夢」は、大御所・杉浦茂先生の登場です。前半と後半は、杉浦先生がタイガー立石さんと長谷さんに語りかけるモノローグ、中盤にフジオプロに立石さんが尋ねて来て長谷さんと会話し、杉浦邸訪問がまとまるくだりが描かれています。杉浦先生のナンセンス・マンガは確かに奇天烈でシュールで、夢に非常に近いものがあるでしょうねー。実は私の古い知人のサエキけんぞう氏が杉浦マンガの大ファンでして、そのほか関西パンクの創始者の人たち、JOJO広重氏や林直人氏(故人)も杉浦ファンなんです。後続世代もあのぶっ飛んだナンセンスな作風に強い愛着を持っています。

長谷★2009年、京都国際マンガミュージアムで、先生の回顧展が開催されました。小生がいただいた直筆カットが入った年賀状ハガキも展示されました。先生の作品世界はそのまま夢の世界ですよね。それで立石さんとの思い出を、実話含みで書き、構成しました。先生がレスラーっていいでしょ。

小西●ラストは「夢のあとがき」。ここで、古い詩の同人誌仲間の死が語られて、20年前の長谷さんの作品が掲載されています。この詩が大島弓子さんをモチーフにしたもので、十番目の夢作品ともいえるわけです。夢十夜の帳尻が合うわけですね。長谷先生の詩作品もシュールレアリスムの影響を受けておられるようですね。 長谷★詩は、初期は抒情的でしたが、のちにモダニズム詩やシュールな表現に影響を受けています。長いこと、同人誌に関係していたのですが、現在は絶えていますね。

小西●2009年1月に大衆文学研究者で元集英社の少女マンガ誌編集者の二上洋一さん(ふたがみひろかず 本名=倉持功)が他界されました。マンガ家の素顔を知る貴重な証言者が高齢化してゆきます。記録できるときに気づいた者がやっておかねばならないと思います。その意味からも長谷先生の活発な執筆活動は大切です。健康第一で今後とも我々をお導き下さい。

長谷★いやいやこうして小西さんに励まされて書かせていただけるということがぼくの創作上の出発点なのかもしれません。そのことがきっかけで、事実についても、書き残すことができたりします。やはり素敵な読者の方がおられる(!)ということが大切ですよ。それがあってのぼくの表現なんです。

小西●えー、ただただ恐縮です。今日は本当にありがとうございました。

【2009・12・19電子書簡にて取材/文中一部敬称略/文責=創世ホール館長・小西昌幸】

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