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文化ジャーナル(平成22年4月号)

文化ジャーナル4月号

書簡二通 原田裕・池田憲章両氏から

「創世ホール通信/文化ジャーナル」3月号で「柴野拓美さんの思い出 偉大な戦後SFの立役者を偲ぶ」という追悼文を書きました。3月中旬、当館と縁のある原田裕さん(はらだ・ゆたか 出版芸術社社長)と池田憲章さん(SF特撮研究家)から相前後して書簡をいただきました。どちらも3月号の柴野さん追悼文への感想とともに柴野さんの思い出が文面に登場します。興味深い内容でしたので、お二人のご承諾を得て、ここに転載させていただくことにしました。(小西昌幸) 


【原田裕さんからの書簡 2010年3月15日着】

小西大兄

「創世ホール通信」、毎号お送りいただき、ありがとうございます。今回はまたたくさんの興味深いパンフを頂戴し、時を忘れて拝読させていただきました。

ことに柴野拓美さんとは、私も五十年以上の仲で、彼がまだ高校の教師をしているうちから何かとお互いに有無相通じ、SFの認知(世間からの)に熱を上げていたことが懐かしく思い出されます。

戦後初めてのSF長編『光の塔』(今日泊亜蘭さん)は、東都書房から書き下ろしで出版したのですが、その時はSFと言うと企画会議(講談社本社の)が通らないので、ミステリーだと言って《東都ミステリー》シリーズから刊行しました。

これが重版になりましたので、2冊目の書き下ろし『燃える傾斜』(眉村卓さん)を出すとき《東都SF》というシリーズを創刊し、その第一冊目として出版したのです。

これもどうやら成功しましたから、星新一、小松左京、筒井康隆、光瀬龍等、当時『宇宙塵』に書き始めた新人の優等生諸君にも依頼して、いよいよSFなるものを世に出そうと張り切っていた矢先、教科書出版部への転出という不測の事態が起き、大抵抗するも実らず、結果《東都SF》は眉村さんの『燃える傾斜』一冊だけで消えてしまった次第でした。二冊目に出版を予定していた広瀬正さんの『マイナスゼロ』も日の目を見ず、この作品は広瀬さんと二人三脚で仕上げたもので、大いに自信があっただけに残念至極でした。

後年河出から出版されてベストセラーとなり、広瀬さんはたちまち流行作家になったのですが、東都書房(講談社)は、広瀬さんを逃したばかりか、せっかく創刊した《東都SF》まで引き継がなかったのですから(ということは、小松も筒井も星もその他沢山の有望作家を逃したわけで)、その損失は、はかり知れません。

その生き証人である柴野さんが亡くなったのも残念の極みです。

《戦後SF創生期》というか、今はもう、その頃を知る人は僅かとなり、中で元気なのは眉村・筒井・私の三人しか居なくなったのですね。機会あれば3人で鼎談したいものであります。

お礼状のつもりが、いつの間にか老いの繰り言になってしまいました。すみません。

また近くご上京の機会あれば、是非お立ち寄り下さい。

東京はかなり春めいて参りました。

年寄りにはありがたいことです。桜も21日開花の予想が出ており、温暖化大歓迎です。

そちら様も、いよいよご健勝でご活躍を祈り上げます。 頓首

三月十二日 原田裕


【池田憲章さんからの書簡 2010年3月16日着】

小西昌幸様

やっと昼間は春めいた空気になってきました。徳島の方はいかがですか? これから1ヶ月半ぐらいが一番すごしやすい季節がやってきます。

先日、《まんだらけ》という古書店グループの小冊子に中島紳介さんに続いて、怪獣や特撮の本をどうやって編集するようになったのかという取材を受けました。インタビューではたぶんまとめられないだろうと思って、先に質問を並べてもらって、会話調に僕が書いてうめていく形式で、インタビュー風にまとめました。実際は、さらに会話調に中島紳介さんが手を入れてくれて、読みやすい形でまとまりました。ちょっとまだかたい文章ですが、私の思いはその方が判るので、そちらの方をコピーしてみました。御一読下さい。大伴昌司さんが抜けた穴をいかに埋めようとしたかという大きな動機づけが、今の人にはなかなか判らないようです。

あと、もうひとつ、ずいぶん昔に『宇宙船』で村山実編集長がインタビュアーになって取材を受けた記事を送ります。村山さんが質問して(有楽町のマリオンビルの中にある朝日新聞の応接ルームでの取材でした)記事をまとめてくれたので、同じ内容ですが、こちらの方が伸び伸びと話していて、こまかいニュアンスが判ってもらえると思います。インタビュアーの力は大きいですね。

大伴昌司さんにこういうインタビューをしていたら、なんと話されただろうと夢想してしまいました。自分の胸の中にある大切な思いは、他人に話すとはっきり表面化するものだと思いました。

もうひとつは、2008年の12月ぐらいに書いた野田昌宏さんの思い出の文です。長年『宇宙塵』の会員でしたが、初めて誌面に載った文章で、それが野田さんの追悼文とは……。気づいて、感無量になってしまいました。

多感な16歳や17歳で会った野田昌宏さんや柴野拓美さん(柴野さんは私の親父と同年齢でした。大人から、まじめに「池田さん」と目を見つめて話されたのは、柴野さんが初めてでした)、大伴昌司さんには、「自分はこういう大人になりたいな」と当時思ったことをかすかに憶えています。

もちろん、石森章太郎先生もそうです。昭和45年、お会いしたとき、先生は32歳でした。15歳の私から見ても、まるで兄貴みたいに見えて、なんて若いんだとびっくりしたものです。だって10年この人の漫画を読んでいたからです。時間流がどっかでぴょんと飛んでる感じがしたものです。

皆さん、何より笑顔がステキな人ばかりでした。その人たちを追いかけてきただけです。自分が今、55歳になって恥じ入るばかりの気がします。どこまでやれるか、もう一息がんばって文章を書いていきます。 草々

2010・3・14 池田憲章拝


書籍紹介

紀田順一郎『彷書摘録 時代をつなぐ読書』

当館にとって、大変縁の深い紀田順一郎先生の新著が出た。紀田先生は、2001年7月から2008年7月まで《紀田順一郎のIT書斎》というホームページを運営しておられた(2010年元旦からは《紀田順一郎「書斎の四季」》として再開)。先生はそこに書物や日本語、各種世相に関する短いエッセイを発表しておられた。短くても先生の文章が浅いわけはなく、読み応えあるものばかりだった。本書はそこに発表された随筆を中心に編まれている。JR福知山線の大事故報道に見るマスコミの健忘症的体質の問題や、ライブドアによるテレビ局のっとり騒動などへの時評などが実に鋭い。ホリエモン現象に関連して紹介される明治の成金・鈴木久五郎の栄枯盛衰の顛末など誠に興味深く面白いのである。紀田先生の今後ますますのご活躍を切に祈りたい

◆紀田順一郎『彷書摘録(ほうしょてきろく) 時代をつなぐ読書』松籟社、2010年1月28日発行、四六判上製本・204頁。本体1600円+税。

浅尾典彦『アリス・イン・クラシックス』

1865年に英国で刊行されたルイス・キャロル『不思議の国のアリス』は、ファンタジー文学における永遠不滅の古典として世界中で愛され続けている。文学的見地からアリスについて書かれた本は数多いが、本書は映像世界からの視点で書かれた資料集である

著者の浅尾氏は、大阪府在住でSFやアニメ特撮方面のオーソリティ的存在。当館での辻真先先生の講演会の際には応援団を買って出て心強いPRをいただいたのみならず、当日は、はるばる大阪から駆けつけてくださったのだった。また共通の友人に池田憲章氏がいる

本書は『アリス』の作中に登場する人や動物のキャラクター紹介などが多彩な図版入りで書かれていて、入門編として大変便利である。特に、1903年版と1915年版の無声映画を豊富なフォト・ストーリーで丁寧に見せてくれていて、貴重といってよいのではないか◆浅尾典彦『アリス・イン・クラシックス』青心社、2010年4月6日発行、四六判変形上製本・80頁。本体1200円+税。

(2010・04・06脱稿/文中一部敬称略/文責=創世ホール館長・小西昌幸)…

本の表紙

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