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文化ジャーナル(平成24年6月号)

文化ジャーナル6月号

採録◎東雅夫講演会
遠野物語と怪談の時代(1)

2012年2月26日(日) ●北島町立図書館・創世ホール(徳島) ●2月26日に開催した東雅夫氏講演会「遠野物語と怪談の時代」は、約200名が県内外から集まり、熱気あふれる催しになりました。その講演採録を連載でお届けします。 文責は全て小西昌幸(当時創世ホール館長、現町教委事務局長)にあります。(文中一部敬称略)/写真撮影=高橋和之


講演会

今日は書影等の参考図版を映しながら講演をしますので、私はこの横の場所からお話をさせていただきます。

北島町で講演させていただくのは三度目です。最初は2006年《海野十三忌》の時に、海野十三とアメリカのパルプ・ホラーの関係についてという、小西館長がかなり無理無理に考えて下さったテーマだと思うのですが、そういうお話をさせていただきました。たまたまその時、帯状疱疹を直前に患いまして、前の日だったのでキャンセルもできず、これはもう行くしかなかろうということで、フラフラになりながら徳島までたどり着いて、何とか講演をつとめさせていただいたことが、今となっては大変懐かしい思い出となっております(笑)。そのときも小西さんに大変細やかな心遣いをいただいて、またお互いの趣味も怪奇幻想文学からケルト音楽から怪獣・特撮まで、いろんな面で同世代的な共感をおぼえられる方でございまして、仲良くさせていただいています。

そんなことがあったので、去年はこちらで「ふるさと怪談トークライブ」というのを開催させていただきました。これは震災で被災した東北の出版社を怪談好きが支援しようという趣旨の催しだったのですが、おかげ様で多くの義援金をこちらで集めることができました。改めまして徳島の皆様のご厚意に、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

それでは、そろそろ本題に入りたいと思います。〔スクリーン=『遠野物語と怪談の時代』の帯付き書影画像〕あまりデカデカとお見せするのは気がひけますが(笑)、今回はこの本(『遠野物語と怪談の時代』)のことからお話ししたいと思います。

この本は、2011年に角川学芸出版から書き下ろしで刊行した本であります。帯にも書いてあるのですが、思いがけずといいますか青天の霹靂(へきれき)と申しますか、第64回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)という賞をいただいて、びっくりしました。中身は全く推理小説と何の関わりもない本なので、他の本格的な推理小説論を押しのけて、私が頂戴してしまうのは申し訳ないことなのですが、いただくことになってしまいました。ありがたいことだと思っております。ちょうどこの受賞が決まったのが、昨年の4月22日でした。つまり3月11日の震災があってからひと月ちょっとという状況の時でありまして、これは私事ですが、うちのマンションは築30年を超えた老朽マンションでして、給湯施設として大きなタンクが各戸に備わっているんですが、地震で東京も大きく揺れたため、そのタンクが軒並み倒れて水があふれて9階建てのマンションの部屋から廊下から水浸しになる事態が起こりました。私の部屋は仕事部屋として使っているので、本しかないところなのですが、本が何千冊も水で台無しになってしまいました。そして床からキノコが生えてくるとか、大変な状況になってしまいました。もちろん東北の津波の被害に比べたら微々たるものではあるのですが、部屋のリフォームをしなくてはならないなど、てんやわんやの状況です。

ちょうどこれから本題に入る東北の怪談すなわち「みちのく怪談」とからんでくるのですが、震災の前年に「みちのく怪談プロジェクト」という取り組みを仙台の荒蝦夷(あらえみし)という出版社と提携して始めました。なぜ始めたかというと柳田國男が『遠野物語』という本を1910年に出版していて、ちょうど2010年が100周年ということで、遠野がある岩手県を中心に東北各地は大変盛り上がりました。色々な講演、イベント、出版活動などが展開されました。中でも荒蝦夷は先陣を切って『遠野物語』関係の本を色々企画したわけです。

これは私が編集長を務めている怪談専門誌『幽』でございます。『幽』では2009年に「怪談遠野物語」という特集を組み、実際に遠野に取材に行ったことがありました。そういうご縁が既にあった所に、2010年の柳田國男『遠野物語』100年という機会がめぐってきたわけです。「遠野物語100周年」という共通のロゴも出来ていろんな本につけられました。

これは私が編纂した『みちのく怪談名作選』(荒蝦夷)という本で、東北の怪談文芸の代表作を歴史的にたどって1冊にまとめるという企画でした。荒蝦夷というのは、大変小さい仙台の出版社で、社員が3、4人だけの会社です。代表の土方正志さんという方が、この種の怪奇幻想文学を昔から大好きで、読書家でいらして、ちょっと小西館長とも通じるところのある趣味の方なんですね。その土方さんと私が「遠野物語100周年」にあたって怪談モノの企画をやりたいと考えたわけです。どうせだったら、ただアンソロジーを出すだけではなく、「みちのく怪談』という言葉を一つのキャッチフレーズにして、「みちのく怪談コンテスト」という800字の怪談を、インターネットを通じて募集をして、いわば「平成の遠野物語」を広く募ろうというコンテストを企画しました。幸いこの企画には、長年「東北学」を提唱してこられた民俗学者の赤坂憲雄さん、それから盛岡在住で伝奇・怪奇幻想・ミステリー、様々な分野で活躍しておられる直木賞作家の高橋克彦さん、このお2人と私の3人がコンテストの選考委員を務めることになりました。

荒蝦夷は小さな会社なのですが、東北一円の書店さんなどに大変強力なネットワークを持っております。そのネットワークを通じて募集をし、500編ぐらい作品が集まりました。こうした一連の出版活動をし、そしてそういうイベントをして、みちのくの怪談というものを盛り上げて行こうということで、これは1年目・2010年が終わって『遠野物語』百周年の年だけで終わらせるのはもったいないと。1年だけでなく、これから先何年も続けて、息長く東北の怪談というものをもう一度見直して、それがひいては地域文化の掘り起こしというか、活性化につながればいいねと、そんな話を荒蝦夷の土方代表としていたわけです。

2011年になって、「第2回みちのく怪談コンテストをそろそろ考えなければ」とか、そういう話をしていたときに東日本大震災に見舞われ、荒蝦夷の事務所もぐちゃぐちゃな状態で、土方代表の自宅もそのまま住むこともできないような半壊状態になりということで、一時は山形の方に避難して出版活動を続けるという、大変な状況に追い込まれてしまったわけです。

それで私はその時に「じゃあ、みちのく怪談プロジェクトをこれからどうするのか」と問うた所、土方代表から「何が何でも続けるんだ」という頼もしい決意の言葉がありましたので、被災地の外にいる我々も何とか応援できないかということで「ふるさと怪談トークライブ」を始めたという、いろんな経緯があったわけです。

ちょうど「ふるさと怪談トークライブ」を準備していたときに、『遠野物語と怪談の時代』が日本推理作家協会賞を受賞するという、めぐり合わせになったんですね。ですからちょっと私、その時点で頭の中が「ふるさと怪談」をどういう風に全国でやっていこうかとかそういうことを考えていて、自分自身では受賞の実感があまりないままだったんです。ただ受賞すると賞金50万円を頂戴できるということなので、それがあれば全国をまわる足代になるんじゃないかなということを、真っ先に考えたようなそんな次第でございます。(次号に続く)

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