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文化ジャーナル(平成25年8月号)

文化ジャーナル8月号

書籍紹介 『円谷プロ怪奇ドラマ大作戦』

「怪奇大作戦」の資料本としては、『ウルトラQ&怪奇大作戦 フィルム・ストーリー・ブック』(朝日ソノラマ、1979年)、『怪奇大作戦大全』(双葉社、2001年)が詳しく参考になるが、今年(2013年)7月に洋泉社から刊行された『円谷プロ怪奇ドラマ大作戦』もその系譜に連なる重要資料である。「怪奇大作戦」のほか、「恐怖劇場アンバランス」、「緊急指令10‐4・10‐10」、円谷プロのサスペンス物・テレビムービーなどが紹介されている。

40名に及ぶスタッフ、キャストへのインタヴューが大変充実して読み応えがある。例えば「呪いの壺」(石堂淑朗脚本、実相寺昭雄監督)の日野統三を演じた花ノ本寿(はなのもと・ことぶき)氏。この人は「これでええのや。これで思い通りや」とつぶやき、最後に自滅する暗い犯罪者の役でテレビ・ドラマ史に名を刻んだ。花ノ本氏は、元々は日本舞踊の人で、舞踊の仕事が多忙であったため、「怪奇」の後「無常」に出演し俳優業を辞めたという。そもそものキャスティングのきっかけは、「七人の刑事/若者の子守歌」(佐々木守脚本)に出演した花ノ本氏を実相寺監督が気に入ったためなのだそうだ。現在、花ノ本氏は、15世花ノ本流宗家である。今では日本舞踊の大御所になっている人が、かつて癖のある芸術志向の監督に気に入られ、カルト作品に足跡を残していたことは、ファンにとってとても痛快だ。本書の魅力は、この種の細やかな関係者インタヴューの充実にある。

そのほか、数多くの発見があった。「京都買います」のロケハンの新幹線代5人分を実相寺昭雄監督が立て替えていたことがスタッフ座談会で明らかにされる。実相寺監督が京都で撮影した2本(「呪いの壺」「京都買います」)は当初もっと早い段階で撮影されるはずだった。しかし、脚本の遅れ、タイアップの突然の中止、岸田森のスケジュール問題などが山積し、一時は京都撮影が危ぶまれた。しかし橋本洋二プロデューサーの「実相寺に何としても撮らせてやりたい」という、強い意向により実現したのだ(その頃は、もう製作費が底をついていた時期で、最終話「ゆきおんな」は那須ロイヤルホテルとのタイアップで経費を抑えたとの由)。池田憲章氏も創世ホール講演会のときに話しておられたが、京都撮影の2編は「映像京都」のスタッフとの仕事で、その緊張感が良い効果を生んだということではないか。言うまでもなく映像作品は多くの人々の仕事の集積なので、生モノであり、その結合が奇跡のような高水準の作品を生み出すことがある。「呪いの壺」「京都買います」はその典型と言ってよいのではあるまいか。

橋本洋二プロデューサーのインタヴューは、びっしり4頁に及び、とりわけ貴重だと思う。佐々木守とは親友だったことが語られる。「彼は僕の考えることを100%わかっていて、それを120%にしてくれる人だった」。「怪奇大作戦」のメイン・キャスティングに関しては、岸田森と原保美と小橋怜子を推薦したのが橋本氏で、勝呂誉(すぐろ・ほまれ)と松山省二は円谷側の推薦という。

もう少し、京都編の2作についてメモしておきたい。「呪いの壺」ラストで炎上するのは妙顕寺というお寺。人が入れるくらい大きなセットを作ったので、迫力ある炎上シーンが撮影できたこと、円谷英二がそれを誉めたエピソードが紹介されている。昔読んだ資料で、「呪いの壺」放映時に、この炎上シーンを見た人が、「大変や、あんたの寺が今燃えている」とお寺に電話をかけたという逸話が紹介されているのを見た記憶もある。模型が小さいと、炎もチャチに見えてしまうのだが、これは何度見ても本物のお寺が炎上しているように見える。それほどリアルで迫真力のある映像なのだ。本作は、1969年1月下旬から10日間で撮影され、放送日ぎりぎりまで編集されたという。

「京都買います」のロケ地情報も、小さな文字でびっしり書かれている。登場順に拾ってみると、金戒光明寺本堂→金戒光明寺経堂→広隆寺→仁和寺→金戒光明寺路地→平等院→平等院鳳凰堂→南禅寺山門→圓徳院三面大黒天茶屋→万福寺→東福寺という具合である(本当はもっと細かい。興味ある人はぜひ現物をチェックされたい)。牧(岸田森)が心惹かれる謎の女性・美弥子役の斉藤チヤ子氏のブロマイドは、現在も浅草のマルベル堂で販売されているそうだ。池田憲章氏も私も、円谷プロの30分ドラマでは「怪奇大作戦/京都買います」を最高傑作として認識している。

「怪奇大作戦/霧の童話」(上原正三脚本、飯島敏宏監督)の健一少年役の高野浩幸氏は当時7歳だったが、1人で集合場所まで行き、信州ロケに臨んだと語っている。高野氏は「ウルトラセブン/円盤が来た」やATG「田園に死す」(寺山修司監督)にも出演している人なのだ。氏は、ドラマの中で山羊(やぎ)をいつも連れ歩く純朴な山の少年として名演技を見せている。

ちなみに言えば「霧の童話」は、山村の巨大開発計画(高速道路建設、米国自動車工場進出)とそれに抵抗する村の老人たちの反対運動が背景にある。400年前の落ち武者伝説にまつわる亡霊騒ぎを起こして開発を阻止しようとする、老人たちの心情が哀れで胸に迫るものがある。

同作は事件解決後、村が鉄砲水で壊滅するという衝撃の展開になる。これにより開発は一挙に進み、高速道路も米国資本の自動車工場建設も現実のものとなることが容易に想像されるのだ。鉄砲水の濁流が村を襲うシーンがモノクロで描かれ、そこに石仏、黒煙をあげる工場群、山の小学校校庭で演奏する鼓笛隊などの映像が次々にインサートされる。バックの音楽は鼓笛隊ののどかな演奏であり、村を飲み込む濁流と村ののどかな風景との対比が一層胸に迫る。最後の情景は、山の斜面の石仏のそばにうつろに佇む初老の工員の後ろ姿がセピア色に浮かび、テーマ曲イン。工場地帯のカットバックにスタッフ、キャストのクレジットが重なる。当初のシナリオでは、健一少年がこの災害で命を落とした旨はっきり書かれている。本作は、このラスト数分間によって極めて重い社会的色彩を帯びたものとなり、「怪奇大作戦」中、ベスト5に挙げられる傑作となった。

出演者へのインタヴューで面白かったのは、出演者が放映時に必ずしも自分の出演作品を見ているわけではないということ。「怪奇大作戦」最終話「ゆきおんな」の永野(松木)路子氏は取材時に当該作品を見せられて「今初めて観ました。本当に円谷さんの映像ってすごいですよね」と語っているのが、何となく愉快で微笑ましい。

「恐怖劇場アンバランス」関係者インタヴューで、ベテラン脚本家の小山内美江子氏も登場する。小山内氏は、同シリーズ「死を予告する女」「地方紙を買う女」、「ウルトラQ/あけてくれ!」を担当している。「ウルトラQ」のとき、複数のプロットを提出したのですかという質問に対して、自分はそういうことはしない、何本か出して1本なんて冗談ではない、子どもを養っているのだから書いたものは必ず銭にするという迫力でやっている旨の、心がけを語っており、興味深い。

本書は、『ウルトラセブン研究読本』に続く洋泉社のムック本である。この後、『円谷プロSFドラマ大図鑑』『ウルトラマン研究読本』と同路線の本が続刊予定だ。「怪奇大作戦」の放映は1968年9月から69年3月までの半年間だった。40年以上がたち関係者は高齢化し、既に亡くなった人も多数いる。一連のムック本シリーズで洋泉社は、存命関係者の証言記録の最後のサルベージ作業を目指しているのではないかと私は思う。その誠実で真面目な取り組みに敬意を表して本稿を閉じることにしたい。

(2013年8月12日脱稿、文中一部敬称略、文責=北島町教育委員会事務局長・小西昌幸)

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