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文化ジャーナル(平成25年11月号)

文化ジャーナル11月号

寄贈された《三木ガーデン歴史資料館》の資料について

昨年(2012年)秋、北島町に三木ガーデン歴史資料館の所蔵する大量の歴史・文化資料が寄贈されました。その資料の一部を10月末の町文化祭で紹介し、好評を博しました。本号ではその特集をお届けします。(文責=北島町教育委員会学芸員・原多賀子+町教委事務局長・小西昌幸)

Q.《三木ガーデン歴史資料館》とは、どのような資料施設でしょうか?
A.《三木ガーデン歴史資料館》は、北島町中村で生まれ育った三木安平さん(1925〔大正14〕年5月20日生、88歳)が、ご自分の所有敷地内に1993(平成5)年5月6日に開設された私立の歴史資料館です。三木さんが収集された歴史資料が保管展示されていました。
Q.施設名の中にガーデンとあるのですが、園芸関係の資料が多いのでしょうか。
A.いいえ。三木さんは園芸関係のお仕事をされていて、その事業所の名前が《三木ガーデン》でした。保管している資料は歴史資料ですが、その名を残して《三木ガーデン歴史資料館》とされたそうです。
Q.どのような資料があるのでしょうか。
A.皆さんが想像される古文書や書画、和本をはじめ漢籍、洋書は勿論ですが、注目されているのは人形浄瑠璃関係の資料です。中でも戦後、徳島空襲で焼けて消滅したといわれていた上村源之丞一座の大黒座の浄瑠璃資料が《三木ガーデン歴史資料館》に保管されていたことは業界の関係者に驚きを持って伝えられました。これらの資料は三木さんが約30年の年月をかけて、私費で収集されました。
Q.寄贈された資料はどのくらいの量がありますか?
A.残念ながら、現在資料の量は把握できていません。一説によると十数万点にのぼるといわれています。
Q.時代はいつのものですか。
A.江戸時代から昭和の初め頃のものが中心です。
Q.なぜ三木さんは資料を町に寄贈しようと思われたのですか。
A.せっかく年月と費用をかけて集められた資料です。三木さんにとっては家族と同様です。できることなら身内の方に資料管理を引き継いでもらいたかったようですが、残念ながら続ける方が決   まらなかったようです。けれどもご自身は年を重ねられ資料の行く末を心配したので、どこかに寄贈する意思を固められました。まずは生まれ育った町、北島町に恩返しの気持ちを込めて寄贈したいと申し出られました。
Q.それはいつのことでしょうか。
A.目録贈呈は平成24年(2012年)の10月に町長室で行われました。今年(2013年)の6月末に収蔵庫が完成し、無事資料の引っ越しが終了しました。
Q.収蔵庫はどこにありますか。
A.北島町図書館・創世ホールの2階、文化財展示室の隣です。
Q.資料受け入れには苦労があったのでは。
A.三木さんは資料受け入れ先が収蔵庫を新たに作らなくてはならないことを非常に気にかけられ、資料の寄贈が費用面で負担になることを心配していました。そこで既存の施設を改修することで費用を抑えました。既存施設の改修ですが、窓には紫外線防止の塗料を、壁には温湿度の環境変化を抑える塗料を塗り、費用を抑えて貴重な資料を守る環境を整えました。
Q.人形浄瑠璃以外にどのような資料がありますか。
A.いわゆる歴史資料として普通皆さんが想像されるものは古文書や和書、漢籍、書画、古新聞などですが、まだ全部確認できていないので、ほかにも出てくるかもしれません。
Q.確か、三木さんは襖とか屏風などの内張りから古文書を発掘されたと聞いています。
A.そうですね。襖が多いと思います。三木さんは解体される家屋から廃棄される襖を譲り受け、自宅で襖の内張りから古文書をコツコツと取り出しました。それを封筒に詰め直して保管しました。
Q.それらを含む大量の資料が、今回町に寄贈されたのですね。
A.以前は、襖の内張りへの着目は、まだあまりされていなく、いち早く三木さんが取り掛かったことで、貴重な資料が残されることとなりました。
Q.2013年(平成25年)10月26日・27日の町民文化祭に合わせて、図書館・創世ホール2階文化財展示室とギャラリーで行った特別展示は、《三木ガーデン歴史資料館》の資料が町へ寄贈されてから初めての資料紹介展示となったわけですが、盛況でしたね。
A.はい、文化財特別展示は毎年テーマを決めて行っているのですが、今年はやはり《三木ガーデン歴史資料館》の資料を見ようと、例年より多くの人に来ていただけたようです。寄贈者の三木安平さんも2日間、展示場で来館者の対応をして下さいました。
Q.展示室に入るとまず目を奪われたのが金箔の襖絵でした。これはどのような襖絵でしょうか。
A.これは人形浄瑠璃で使用されたと考えられている襖です。金箔に絵が描かれた豪華なものです。昭和初めのものできれいな状態で残っています。
Q.ほかには?
A.襖絵と同じ人形座、小林六太夫一座が使用したと思われる楠正行(楠正成の子)の衣裳も展示しました。
Q.昔の駕籠や陣太鼓など芝居に使う道具もありましたね。
A.はい。でもこちらは小林六太夫一座ではなく、上村源之丞という一座が使用したものと思われます。上村源之丞は明治~大正期に日本各地の公演にとどまらず海外進出まで果たした人形浄瑠璃一座です。
Q.の他、貴重なものはありますか。
A.はい。「道薫坊伝記写(どうくんぼうでんきうつし)」です。これは人形浄瑠璃の歴史が記されている貴重な文献で、全国でも現存するのは数えるほどしかない貴重なものです。折をみて指定文化財に申請しようと考えています。
Q.三木安平さんの資料は、今後とも折に触れてご紹介してゆきたいと思います。今日はありがとうございました。
A.ありがとうございました。 (2013年11月13日脱稿、文中一部敬称略)

資料館の写真

▲三木ガーデン歴史資料館

襖の写真

▲人形浄瑠璃で使用した襖

道薫坊伝記写の写真

▲道薫坊伝記写

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