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文化ジャーナル(平成26年1月号)

文化ジャーナル1月号

~演題★私が『子連れ狼』に託したもの~
  • 2014年2月9日(日)午後1時半、北島町立図書館・創世ホールは著名な漫画原作者・小池一夫さんの講演会を開きます。テーマはズバリ『子連れ狼』に絞ったもので、約90分間、原作者の立場で作品について語っていただくことになっています。今号の「文化ジャーナル」は、企画担当者として『子連れ狼』についての考察を綴ってみたいと思います。
  • 『子連れ狼』は『週刊漫画アクション』(双葉社)1970年9月10日号から1976年4月1日号に連載されました。原作=小池一夫(当時は一雄)、作画=小島剛夕〔こじまごうせき〕。優れた文芸批評家の花田清輝(1909‐1974)は遺稿となったエッセイ集『箱の話』(潮出版社、1974年11月)で『子連れ狼』について次のように記しています。
    【かれの名前は大五郎。年はまだ三つ。特徴は、コケシ頭と、大きなうるんだような眼と、肉感的な厚い唇。無口で、白刃のひらめきなどには、あんまりおどろかないが、他人の不幸には、かなり敏感であって、人なつっこいところもある。まずコケシ頭に注目しなさい。もっとも、コケシ頭といっても、千差万別であるが、ただのオカッパ頭とちがって、ナカ剃りやビンやツンゲなどを、ちゃんと残しているので、すぐわかる。ときどき、頭のてっぺんの髪を赤いキレでむすんでいることもないではない。したがって、その赤いキレは危険信号であって、かならず近くに親狼がひそんでいるものと知るべし。しかし、たいてい、大五郎は、頑丈ではあるが不細工な乳母車にのせられて旅をしている。むろん、その乳母車を押しているのは、悪名高い彼の父親である。変っているのは、その乳母車には旗が立っていて、そこには「子を貸し腕貸しつかまつる」と書かれていることだ。(以下略)】
    (「子連れの感想」花田清輝、1973年10月)
  • 澁澤龍彦がその文章スタイルをこよなく愛した偉大な花田清輝が、亡くなる約1年前に残した文章です。のびのびとした実に見事な名文です。とても楽しそうに書いていて、その息づかいが伝わってきます。彼は『子連れ狼』が好きだったのだなあということが分かります。
  • 57歳(1956年3月生まれ)の私にとって、『子連れ狼』は強く愛着を持っている作品です。連載終了間際の『週刊漫画アクション』は欠かさず購入しました。納屋の段ボール箱の中に今もあると思います。萬屋錦之介主演のテレビ・ドラマも熱心に見ました。もちろん、最終話には落涙しました。
  • 小池一夫さんを創世ホール講演会にお招きするアイデアは、数年前に池田憲章氏から受けた助言によるものです。例によって私は、悩みに悩んで、心の中で熟成発酵させた結果『子連れ狼』に的を絞ったもので行こうと決意し、小池先生に手紙を書きました。
  • 原作単行本には全て目を通し、萬屋版DVDも入手して全話を観賞しました。以下、『子連れ狼』に関する覚え書きです。
  • テレビ版は、近年、北大路欣也主演のものが3シーズン(1クール×3)で作られました。これはこれで立派な作品でしたが、漫画原作への忠実さという点では、萬屋錦之介版(3シーズン、2クール×3、全79話)が非常によくできていたと私は思います。原作は、連載1回分で完結したお話しもあれば、数回分費やすこともありました。後半4分の1は完全につながった、壮大極まりない剣豪叙事詩というべき内容でした。拝一刀・大五郎親子と柳生一族との対決に、公儀お毒見役筆頭・阿部頼母(あべたのも、俗称阿部怪異)がからみ、物語が異様なうねりを見せ、見事の一言に尽きます。
  • テレビ版は、原作の複数のお話しをうまく盛り込んだ形をとることもあり、それを研究するのも楽しいことです。数多くの印象に残るエピソードがありますが、木颪〔きおろし〕の酉蔵〔とりぞう〕という気風のいい女性忘八者が登場する2話「あんにゃとあねま(其之十七)」「来ない明日へ(其之八十三)」について心揺さぶられるものがあったので、ここにメモしておこうと思います。
  • 「あんにゃとあねま」ある旅籠に宿泊した拝一刀と大五郎の部屋に少女が駆け込んでくる。少女は身売りされ、旅の途中だった。不埒な思いにとらわれた女衒に暴行を受けそうになって夢中で反撃、男を死なせてパニック状態で脱出してきたのだった。成り行きで一刀は少女をかくまうことになる。役人はうまくやり過ごしたが、木颪〔きおろし〕の酉蔵〔とりぞう〕と子分に見つかってしまう。酉蔵は、房州の揚屋と女衒を束ねる寄合頭だ。まだ若い女性だがきっぷも度胸も冴えわたり、胆力も備え、子分を従えており、威風堂々としている。懐には拳銃を忍ばせている。少女を引き渡せという酉蔵の要求を、一刀はあくまでしりぞける。そのため、少女の代わりに一刀が水責めと竹の殴打による凄まじい折檻をうけることになる。ときには命を落とすこともある折檻に一刀は耐え抜き、酉蔵と子分たちも感服、少女は無事に里に帰ることが出来る。酉蔵の部屋で一刀は刀を抜き、そこに掲示されている雛人形の首を切る。一刀は、悲しい宿命で廓に身売りされ病でたたき出された艶女から、いまわのきわに「ひな人形の首を切ってくれ」と依頼されていたのだった。
  • 錦之介版テレビ・ドラマでは、浜木綿子〔はま・ゆうこ〕が木颪の酉蔵を演じ見事でした。本格的な演技を身につけた女優さんの美しさが味わえるお話しです。もう一つ酉蔵が出る「来ない明日へ」もあり、これが『子連れ狼』後半の重要エピソードとなっています。以下にそれを紹介します。
  • 「来ない明日へ」拝一刀・大五郎親子は柳生の策動により、公儀手配(全国指名手配)を受けていた。各地にお触れ書きが立ち、賞金稼ぎや役人から命を狙われ、関所や藩の境界を通過することも困難になってきていた。そんなとき、木颪の酉蔵とその子分たちがたまたま通りかかった土地で、付近に拝父子がいることを知る。酉蔵は前回の一件以来、拝一刀に秘かに好意を寄せていた。三度笠と合羽など渡世人の装束を用意し、酉蔵は一刀親子を変装させて関所通過することを提案する。一刀は「それほどまでに申すならば、この世では返せぬ借りを一つだけ貸してもらおう」と述べて、申し出を受ける。だが、このことで子分の一部に動揺が走る。幕府にたてついてまで、一刀親子をかばう必要があるのか、と。変装によって関所をうまく通過することが出来た酉蔵たちと一刀親子だったが、子分の1人が役人にこっそり密告文を渡し、そのことで追手が一刀親子に向かってくる。酉蔵は密告した岩という子分を厳しく責めるが、筋が通らぬと反論される。岩を斬ろうとした酉蔵を一刀は「よせ、我らがつらい」と言ってさえぎる。唇をかみしめる酉蔵。やがて酉蔵一行の耳に一刀親子と追手の役人たちとの戦闘の怒号が聞こえる。酉蔵は、とっさに岩に、三代目をお前に譲る、木颪忘八二代目の酉蔵、男として生きて二十と八年、せめて死ぬときだけは女として、と呟き一刀救援に向かう。岩は、この時初めて酉蔵が一刀を好きになっていたのだと悟り、自分も後を追う。結局、岩も酉蔵も戦闘で命を落とす。追手をすべて倒した一刀の腕に抱かれて、酉蔵は一刀に「おとりと呼んでくださいまし」と懇願、一刀はそれに応じる。酉蔵は微笑みを浮かべ「だんなたちの……来ない明日へ……あたいも一緒に……お供させていただきます」と言って息絶える。
  • この木颪の酉蔵が出る二つのエピソードは、私には非常に切なくて心に残っています。子分の岩も美しい親分に好意を寄せていたのだと思います。だから彼は親分の救援のために決起したのです。「来ない明日へ」もテレビ・ドラマ版が作られました。酉蔵〔とりぞう〕を演じたのは前回同様、浜木綿子〔はま・ゆうこ〕さんでした。テレビ版はさらにひねりを加えてあって、役人たちの脅迫を受けて酉蔵が一刀を斬らねばならないように仕向けられて、最後は一刀と対決をして死ぬという展開になるのです。好意を寄せる相手に斬り合いを仕掛け、斬られて死ぬ間際に好意の気持ちを伝えるという、とんでもない物語なわけです。個人的には、ストレートに一刀救援に決起して、戦闘に参加する方が私の好みなのですが、テレビ版も実に深いものがあるように思います。どちらも味わいがあって、甲乙つけがたいものがあります。
  • ほかにも私が好きなエピソードに、一刀と大五郎が最終決戦を前に、(死に装束の)羽二重を所望するために呉服屋を訪れる話があります(「香りを着て〔其之百六〕」)。風雨の中、夜遅く戸を叩き「明日なき身の上なれば、無理を承知で頼みまいらせる」と一刀は店主に言います。そして白装束の着物を求めようとします。店主は羽二重を死に装束とするのではないかと疑い、あくまで依頼を断ります。この時大五郎が白い布を身にまとい、店の仏壇の前に正座することで、既に父子で死を決意していることを示し、店主は依頼を引き受けます。そして自分もその昔針子をしていた、これから妻と二人で夜通し裁縫作業をして、明日の朝には羽二重の着物をお渡しする、と伝えます。翌朝丹精込めて縫いあげられた着物には伽羅〔キャラ〕の香りがつけられていました。初老の店主は「出過ぎた真似をしてお叱りを受けるかもしれませんが」と前置きし、武士が戦場にたつとき肌着に香りを炊き込むという故事に習った旨、説明します。一刀はこれに対して「このご恩忘れることはござらぬ」と述べて、自分たちが元公儀介錯人・拝一刀と一子・大五郎であると告げ、去ってゆきます。江戸の商人の心意気が描かれた美しいエピソードでした。一刀親子が最終決戦に向けて江戸入りする前後は、この種のエピソードのつるべ打ちとなります。そして、八丁河岸で一刀が自分たちを海の波に例えて大五郎に語る、「わしらは永遠に不滅の父と子なり」につながってゆきます。
  • 今、北島町立図書館では貸出カウンター前に『子連れ狼』の資料をガラス・ケースに入れて特別展示しています。全て私の所有物です。珍しい物もあると思いますからぜひご覧になって下さい。終わりに個人的なメモを。ケースには『御用牙』のマグカップも入っています。私は、宮谷一彦さんの作品が好きで70年代半ばに『ヤング・コミック』『増刊ヤング・コミック』をよく買っていました。『ヤング・コミック』には小池一夫さん原作の『御用牙』が連載されていて、『子連れ狼』と前後して『御用牙』も終わりました。『御用牙』最終話で、主人公は全く意外な形で通り魔に刺されて倒れます。そこに美しい詩がかぶさります。「星をつかめとおやじが言った/花をさがせとおふくろ泣いた/冷たい朝がくるまでに/氷の雨が降る前に/せめておまえは陽の当る/明日という橋かけてくれ/それから走って/それから生きて/つかんだ星には牙がある/さがした花にはトゲがある」これこそが、この詩情溢れるロマンチシズムこそが、小池作品の醍醐味なのだと思います。今後、小池先生の講演会は徳島では二度と聞くことができないと思います。皆様、どうか2月9日午後1時半、北島町創世ホールに多数ご参集下さい!

(文責=北島町教育委員会事務局長・小西昌幸、20140117脱稿)

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