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文化ジャーナル(平成26年3月号)

文化ジャーナル3月号 情報メモランダム

徳島県北島町からのメッセージ★小西昌幸

2014年3月8日(土)18時から東京の墨田区みどりコミュニティセンターで「ふるさと怪談トークライブat東京」という催しが開かれた。入場料3千円という料金設定にも関わらず、ネット予約でチケットが完売。約2百人が集まった

これは、東日本大震災の被災地を怪談文芸の視点から支援するために全国各地で展開され今も続いているチャリティの催し「ふるさと怪談トークライブ」の3年目の総括であり、発起人・東(ひがし)雅夫氏と事務局・門賀美央子氏の呼びかけに呼応し全国各地の主催者や作家(京極夏彦、加門七海、恒川光太郎ほか)が集まった●小西も参加し、第2部の各地の報告の中で壇上から少し話をさせていただいた(もちろん参加者全員手弁当)。以下に掲載するのはその際の発言要旨である(一部敬称略、文責=小西昌幸)

  • 徳島の小西昌幸と申します。今は、教育委員会事務局長という肩書だが、2011年度まで私は北島町立図書館・創世ホールという複合文化施設の館長という立場で企画や広報の仕事をしていた。元々、創世ホールは講演会の講師として紀田順一郎さんや種村季弘さんや杉浦康平さんや竹内博さんを招いてきた。人口2万人の北島町だが、異端文化、怪奇幻想、周辺文化に関心を寄せる企画を続けてきたわけだ。
  • 個人的に海野十三の会の役員をしており、2006年に東雅夫さんの講演会「海野十三とパルプホラーの時代」を職場で開催したことがあった。創世ホールは「世の中のためになる公私混同路線」とでもいうべき方針をある種のモットーにして、地域文化に貢献している。
  • 2011年は7月初めに人形浄瑠璃と朗読による「怪談牡丹燈籠」をやることになっていた。大震災の後、東雅夫さんから「ふるさと怪談トークライブ」の企画書が送られてきて、実に立派な内容だったので感服した。すぐ連絡を取って徳島でもやりましょうと手を挙げた。相談の結果、「牡丹燈籠」の人形芝居の翌日に「ふるさと怪談トークライブin徳島」を開催することにして、2日連続の怪談イベントにした。この年の初めに東さんが『遠野物語と怪談の時代』で日本推理作家協会賞を受賞されたので、2012年2月にそのテーマで講演会を行なうことも決めていた。ということで、その年のホールの探求テーマを「怪談」にしたのだった。毎年上方講談師の旭堂南湖さんの演芸もしているので、そこでも怪談をやっていただいた。徳島でのトークライブでは開演前と終了後に、「追悼のざわめき」のサウンドトラックを流した。
  • もちろん東北や震災への鎮魂もテーマにすえ、毎年開催している遠藤ミチロウさんのライヴでも「フクシマ・トクシマ連帯ライヴ」とか「フクシマ復興」などのタイトルにこだわった。ミチロウさんはご承知のように大友良英さんたちと福島で大きな催しを仕掛けておられる。
  • ジャズの坂田明さんも創世ホールの常連なので、鎮魂ツアーとしてライヴをしてもらった。坂田さんのレパートリーに「ハタハタ」という東北の魚をテーマにした曲があり、この曲が大変美しい。キング・クリムゾン「アイランズ」やピンク・フロイド「エコーズ」に匹敵する、英国プログレへの日本からの回答といってもよいぐらいの名曲だ。創世ホールでは必ずそれを演奏していただいている。今年7月にも坂田明さんのライヴをやる予定だ。
  • 怪談事情という意味では、愛媛の宇佐美まことさんと知り合えたことは大きな財産だ。そして徳島には松村進吉さんという優れた作家がおり、彼との交流も私には大きな財産だ。松村氏をずっと応援したいと考えている。一緒にコミュニティFM局の番組にも何度か出演した。
  • 歌舞音曲問題については、震災直後の『CDジャーナル』に片山杜秀氏が徳島の民話を紹介する形で次のようなことを書いていた。昔、巨大地震があって、大きな太鼓が海からせり上がってきた。それを打ち鳴らして、大地の怒りを鎮めるという話であり、だから歌舞音曲を自粛する必要はないのではないかという展開だった。同感だ。創世ホールでは仙台の和太鼓ユニット・アトア(元鼓童のイケメン兄弟)を中心にした東北復興連帯の催しが、有志の手によって毎年行なわれている。
  • その後の展開ということでは個人的には、東雅夫さん編のちくま文庫、『幽』、『Mei』、『水木しげる漫画大全集』などは国民の義務と思って定期購読するように決めている。それから昨年、東さんのインタヴュー記事が「朝日新聞」オピニオン面に大きく掲載されたが、それを書いた萩一晶記者とは古い知人だ(氏は元徳島支局)。その橋渡し的なこともできたので、よかったと思う。
  • 遠藤ミチロウさんが心膜炎で2月20日に倒れて手術を受けた。2月22日の徳島公演は中止になり大変心配したが、幸い大事には至らず、昨日(3月7日)都内で復活ライヴをされている。皆、一緒に年をとってゆくのだ。健康第一でがんばりましょう。(2014年03月08日)

ご来場感謝。小池一夫さん講演会

  • 2月9日(日)の小池一夫さん講演会「私が『子連れ狼』に託したもの~拝一刀と大五郎の伝説」は250人を超す大盛会となりました。これは大記録です。ご支援いただいた全ての皆さんに深く感謝いたします。
  • 舞台裏では前日の関東方面の大雪に悩まされ、大変気をもみました。元々小池さんは、午前9時40分羽田発・11時徳島着の飛行機で徳島入りされる予定でした。が、前日の積雪とそれに伴う大量欠航の影響が翌日にも及び、なんと徳島到着が2時間も遅れることになったのです。この日私は朝からずっと航空会社のホームページを見ながら気をもんでいました。小池さんが来る飛行機は第2便ですが、その前の始発便は既に欠航になっていました。通常ならば、創世ホール講演会では講師先生には前日入りをしていただくのですが、ご多忙のため当初から日帰りの予定で、11時徳島着、13時開場、13時半講演開始、16時撤収、17時徳島発という超タイトな段取りだったのですが結果的にこれで正解だった訳です。8時過ぎ、小池さんの秘書の岩脇氏から電話があり、今羽田にいるが飛行機が飛び立つ時刻がはっきり決まらないようだ、場合によっては、かなり遅れるかもしれない、そちらは予定通りに開催するのかどうか、という内容でした。もちろん、ここまできたら決行する、少し遅れても必ずやり遂げる、と答えました。
  • それからは、半時間おきに電話で各種相談をしました。どうやら小池さんは機内に乗り込んだが、飛行機が飛び立つまでには時間がかかるようだ、最悪、空港から会場に向かう車中での食事(応急の栄養補給)になる可能性もあるから次のものを用意しておいて欲しい。そういって指示されたのは、エビアン、いろはすのオレンジ風味、カロリーメイトでした。私は、創世ホールの藤高館長に相談しました。カロリーメイトは分かるけど、後の2つは何だと思いますか、と問うと、2つともミネラルウォーターだからスーパーで入手できるでしょうとの由。かくして私は空港に向かう途中隣町のスーパーで、目を皿のようにして《いろはす》や《エビアン》を探索することになりました。カロリーメイトは当地の大塚グループの製品なので、どこにでもあります。《いろはす》は、みかん風味のものがあったのでこれで良しとして、どうしても《エビアン》が見つかりません。結局、このスーパーではあきらめ、その他に小池さんに食べていただこうと、お寿司と自分用のサンドイッチを買いました。
  • 11時前に空港に着きましたが、到着時刻の表示がないので、空港係員に聞くと「まだ羽田を飛び立っていないので、到着時刻表示ができない」ということでした。後は祈りながら待つしかありません。そうこうするうちに、夕方17時の便(小池さんが東京に帰る予定だった便)が欠航になっていることに気づき、係員の人に相談したら、最終便に振り替えておきましょうということで手続きしていただきました。私には祈ることしかできませんが、時間だけが過ぎて行きます。空港2階売店で懸案の《エビアン》は買うことができました。やがて、飛行機が13時過ぎて到着という表示が出ました。会場までは約20分ですから、13時半開演はこの時点でなくなりました。ホールと連絡を取り、30分繰り下げて14時開演とする、その間来場者の皆さんにはDVD再生機とプロジェクターをつないで大画面で萬屋錦之介版「子連れ狼」を見ていただこうと、話がまとまりました。DVDは図書館1階のガラスケースに飾ってあるので、その中から「あんにゃとあねま」を選択、上映開始は13時15分と決めました。町長からも電話があり、当初予定では13時半の開演後に主催者挨拶をしたら14時過ぎに県外に行くことになっていたが、小池さんにもご挨拶しておかねばならない、ということで、町長は空港に来ることになりました。13時半頃だったと思いますが、空港のゲートに小池さんの姿が見えたときは、私はほっとして、もう催しの半分以上を達成したような気持ちになってしまいました。
  • 講演会は14時ちょうどにスタートできました。私が手短に、遅れた経緯と講師紹介を行ない、講演が始まりました。京都国際マンガ・ミュージアムの伊藤学芸員から小池さんは魔法のようにお話が上手な人だ、と言われていたのですが、まさにそのとおり素晴らしい講演でした。聞いていると楽しくて面白くてたまらない。小島剛夕さんたちとの酒席で始まった物語の構想、拝一刀という名の由来、「子連れ狼」の歌の作詞をめぐるてんやわんやの話、若山富三郎さんが映画化の話を談判に来たときの話、勝新太郎さんから京都に呼び出された話(今から来いと言われ新幹線の最終便で京都に向かった)、テレビ化をめぐり映画製作サイドともめて苦労した話、柳生烈堂が最後にもらした「わが孫よ」の謎、正しい胴太貫の表記のことなどなど。あっという間に時間は過ぎてしまいました。当初サイン会は予定していませんでしたが(終演後すぐ車で空港に行く予定だった)、飛行機が最終便になったので、サイン会を無理にお願いしました。お客さんは大喜びでした。小池さんには大変お身体にご負担をかけてしまいました。
  • 会場撤収をして空港に向かうとき、阿部頼母のことを質問しました。小池さんは「阿部頼母には、人間の弱さや醜さをいっぱいつめこんだんだ」とおっしゃっていました。私の友人が、阿部怪異名義のバンドを組んでいたこともお伝えしました。数日後、私は個人的に小池書院気付で小池一夫さん+岩脇秘書宛に徳島の焼酎セットをお送りしました。せめてものお詫びとお礼の印です。その他、いっぱい書きとめておきたいことがあるのですが、もはや紙面がなくなりました。小池一夫さん、ご来場いただいた皆さん、裏方で頑張っていただいた皆さん(千葉県松戸市の森優子さんと鈴木之彦さん、写真撮影と駐車場整理の高橋和之さん)、秘書の岩脇さん、そしてこの催しに対してお心をお寄せいただいた全ての皆さんに心から感謝いたします。この講演会は、20年近い私の企画者人生の中でも、極めて特別な、思い出深いものになりました。本当にありがとうございました。

(2014年03月16日脱稿、文責=北島町教育委員会事務局長・小西昌幸)

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